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医学系専門出版の人事制度改革|人と役職を分ける等級で世代交代に耐える

マスメディア・出版

行動等級と職務等級を分離し、役職の付け替えを可能にした人事制度改革

設立1970年代

従業員約120名

売上約50億円

提供サービス人事制度設計

実施期間20ヶ月

支援時期2017年~2018年

対象層・対象人数全社

事例サマリー

関東地方の医学系専門出版社(支援当時 従業員100名規模)に対し、セレクションアンドバリエーションが総合人材マネジメント改革を実施した。個人の判断に依存していた評価と賞与比重の高い報酬構成を、行動等級と職務等級の二軸に置き換えた。

背景

医学・看護・薬学・栄養分野の教育コンテンツを制作する同社は、関東地方に本社を置く。国家試験対策の参考書と問題集を軸に、専門知識をわかりやすく伝えるコンテンツで高い支持を得てきた。

事業環境には2つの変化が生じていた。1つは教育産業そのものの構造変化であり、紙の書籍からデジタル媒体への移行が現実の課題となっていた。もう1つは、事業拡大に伴う企業買収や人材交流といった、より踏み込んだ成長施策の可能性である。

いずれも、既存事業を確実に回す人材だけでは対応できない。同時に、既存事業の品質を落とせば会社の土台が崩れる。両方を担える人材を、意図的に確保し育てる必要があった。

創業から長い年数を経ており、経営層と管理職層の世代交代も視野に入っていた。人材マネジメントの仕組みを、経営インフラとして整備し直すことが求められていた。

課題(Before)

支援当時 従業員100名規模の同社では、事業の成長に対して人事の仕組みが追いついていない状態にあった。

1.年収に占める月例給の比率が低く、賞与への依存度が高かった。人件費を業績に応じて変動させられる利点はあるが、従業員側から見れば生活設計が業績変動に直接さらされる構造であり、長期の定着を前提にしにくい。

2.評価が経営者個人の判断に依存していた。総合的な貢献を汲み取れる利点はあるが、何がどう評価されたのかが従業員に伝わらず、次にどう行動すればよいかの指針にならない。

3.会社として求める人材像が言語化されていなかった。評価基準がないため、上司による評価のばらつきを是正する手立てもない。

4.等級制度が存在せず、キャリアパスが示されていなかった。昇格の基準も、役職に就く基準も、社内で共有された形にはなっていない。

5.管理職への権限移譲が進んでいなかった。とりわけ評価の権限が経営に集中しており、人員が増えるほど評価の精度と速度が落ちる構造だった。

6.役職の交代を処遇の下落と切り離す仕組みがなかった。この状態では、世代交代を進めようとするたびに個別の調整が必要になる。

7.雇用形態が複数にわたるにもかかわらず、共通の基準がなかった。採用時の格付けも、その都度の判断に委ねられていた。

目的と設計方針

同社に対し、セレクションアンドバリエーションが設定した目的は3つである。

1.現状のビジネスモデルを確実に維持すること。高い水準のコンテンツを提供し続ける人材を確保し、動機づける。

2.マーケットの変化に合わせた成長機会に対応できる人材インフラを整備すること。事業構造が変わる局面でも耐えられる骨格をつくる。

3.10年以上先まで成長を続けられる基盤をつくること。制度の目的を、短期の課題解決ではなく長期の耐用性に置いた。

この3点から、設計方針を次のように定めた。人と役職を1本の等級で束ねない。人の成長は行動等級で、役職の責任は職務等級で、それぞれ別に定義する。報酬は月例給を中心に据え直し、キャリアの進行と年収の関係を従業員が見通せる形にする。評価は管理職に委ね、フィードバックを制度の中に組み込む。

実際に構築した制度のポイント

同社において構築した制度の骨格は、行動等級と職務等級の二軸である。

1.行動等級を6区分で設計した。入社3年以下のアシスタント、専門性を個人で発揮するスペシャリスト2区分、組織として業績を高めるプロフェッショナル2区分、経営を補佐するエグゼクティブという構成である。行動等級が上がることを昇格と定義した。

2.昇格基準を入学基準として設計した。下位等級の行動が十分だから上げるのではなく、上位等級の行動がとれると期待できる者を上げる。年功的な滞留を防ぐための選択である。

3.昇格ノミネートを評価ポイントの累積で自動化した。評価履歴が基準値に達した者が自動的に候補となり、上司推薦、レポート提出、別部門上長による面接、評価委員会、取締役会という順で審査する。属人的な引き上げを構造的に排した。

4.職務等級を6段階で設計し、役職名と対応づけた。編集職の役職を2階層に分け、営業・管理部門の役職と同一の等級軸上に配置した。職務等級が上がることを昇進と定義し、昇格と用語上も明確に分けた。

5.職務等級は付け替え方式とした。ポストの必要性に応じて随時の昇進・降職があり、飛び級も起こりうる。役職に就いていない場合はJ0等級として扱う。人の等級を下げずに役職だけを付け替えられる構造である。

6.評価を業績評価と行動評価の2本立てとした。業績評価は目標管理制度(MBO)、行動評価はコンピテンシー評価である。ウェイトは等級によって変え、下位等級は行動評価を重く、上位等級ほど業績評価を重くした。

7.目標管理では、マトリクスによる目標整理を義務化した。組織目標から個人目標へのブレイクダウンと、目標間の整合性を、様式上で必ず確認させる仕組みである。

8.別部門の上位者と同僚による多面評価を導入した。ただし参考情報としての位置づけを明示し、評価結果を機械的に点数へ反映しない運用とした。

9.報酬は月例給を中心に据え直した。基本給は等級内に幅を持つレンジレート(範囲給)とし、評価に応じて号俸が進む。昇給ピッチは等級内の下位で厚く、上位に向かって逓減させた。等級内での滞留が長期化しても人件費が膨張しない構造である。

10.役職には職務給を対応させ、付け替えに連動して増減する形とした。基本給と職務給を分離したことで、役職の交代が基本給の減額を伴わない。

11.固定残業手当を等級上昇に伴って逓減させ、超過分は別途支給する構造とした。上位等級ほど時間ではなく成果で処遇される形に移行させている。

12.年齢を基準として、年間賞与の基準月数を段階的に逓減させる仕組みを組み込んだ。世代交代に伴う人件費配分の移動を、個別交渉ではなくルールで実行するための設計である。

13.移行と浸透。制度は試行期間を設けて1サイクル運用し、そのうえで本格運用へ移行した。評価者に対しては期初と期末に研修を実施し、従業員向け説明会と管理職向け教育を並行して行った。制度の構築後も浸透支援・定着支援まで継続して関与している。

導入後の変化

医学系専門出版社である同社の新人事制度は2017年に設計され、試行期間を経て本格運用へ移行し、以降も運用が続いている。

1.評価と報酬の運用サイクルが定着している。同社が公開する採用条件には、給与改定を年1回7月に実施すること、賞与を年2回支給することが記載されている。これは設計時に定めた運用スケジュールと一致する。制度の骨格ではなく年次の運用ルーチンが残っていることは、制度が実際に回されている証拠となる。

2.処遇決定の二軸が説明のことばとして残っている。募集要項には、給与を能力・成果評価と役割に応じて決定する旨が記載されている。行動等級(人の能力と成果)と職務等級(役割)を分離した設計思想が、採用の場面で社外への説明にそのまま使われている。

3.月例給中心の報酬構成が引き継がれている。固定残業手当を月例給に含め、超過分を別途支給する構造も、設計時のまま公開情報上で確認できる。改革前の課題であった賞与依存の是正が、その後の水準改定を経ても構造として維持されている。

4.経営体制の交代が行われた。創業経営者は会長CEOに就き、社長COOが新たに就任している。設計時に想定した世代交代が、実際の経営体制の変更として起きた。人の等級と役職の等級を分離し、役職を付け替え方式としていたため、役職の異動を等級と処遇の個別調整から切り離して実行できる状態が先に整っていた。

5.組織規模が拡大している。支援当時の100名規模に対し、2026年2月末時点の正社員数は123名である。同期間に採用職種も広がっており、編集職に加えてデータ分析、プロダクトマネージャー、UI/UXデザイン、CGクリエイターといった職種が募集対象となっている。職種を問わず同一の等級軸上にポストを配置する設計であったため、新しい職種を追加するたびに等級体系を作り直す必要がなかった。

6.事業領域が拡張している。書籍に加え、電子書籍、eラーニングサービス、動画、アプリを展開している。改革時に掲げた「マーケット変化に合わせた成長機会に対応する」という目的に沿った方向で、事業構成が変化している。

7.人事インフラの整備が継続している。メンター制度、階層別のハラスメント研修、相談窓口の設置などが公開情報上で確認できる。健康経営に関する外部認定も2020年以降継続的に取得している。人事の仕組みを整備し続ける動きが、制度改革の後も止まっていない。

人事制度は、導入時点の完成度ではなく、その後に自社で更新できているかどうかで評価される。セレクションアンドバリエーションが設計した行動等級・職務等級・評価・報酬の骨格は、同社において、事業構成の変化と経営体制の交代を経てなお運用され続けている。

本プロジェクトの特徴

本案件で問うたのは、人事制度が企業価値のどこに効くのかという点である。同社の企業価値の源泉は、専門知識をわかりやすく伝えるコンテンツ制作能力にあり、それは特定の個人に蓄積されている。この能力を次の世代へ引き継げるかどうかが、10年単位で見たときの最大の論点だった。

そのうえで、本案件では人の等級と役職の等級を分離するという判断をした。1本の等級で人と役職を束ねる設計のほうが、運用は簡素になる。それでも分けたのは、専門性の高い人材が役職に就かないまま高い処遇を受けられる状態と、役職を降りても処遇が急落しない状態の両方を、同時に成立させる必要があったためである。

この判断の根拠は3つある。

1.コンテンツ制作の中核人材は、必ずしもマネジメントに向かない。役職を昇進の唯一の出口にすると、専門性の高い人材が組織を離れるか、不向きな役職に就いて能力を消費する。

2.世代交代は、役職の交代として実行される。役職と処遇が一体になっている限り、交代のたびに処遇の引き下げ交渉が発生し、経営が交代を先送りする動機を持つ。ここを切り離しておかなければ、制度は世代交代の場面で機能を止める。

3.事業構造が変われば、必要な役職も変わる。役職を付け替え方式にしておけば、新しい事業に必要なポストを、等級体系を作り直さずに設置できる。

制度構築だけで終えず、試行期間、評価者研修、従業員説明会を通じた浸透支援・定着支援まで継続したことも、本案件の特徴である。制度は運用されて初めて機能する。

担当コンサルタント: 平康 慶浩

最も判断を要したのは、人の等級と役職の等級を分けるかどうかでした。100名規模の会社では、制度は簡素なほど回りやすい。それでも二軸にしたのは、この会社の価値が編集の専門性に宿っており、その専門性を役職とは別のものさしで処遇しなければ、優秀な方ほど行き場を失うと考えたからです。社長がすべてを見て判断してこられた会社ですから、その判断の質を否定せず、判断の根拠を制度のことばに翻訳することを心がけました。

よくあるご質問

Q1. 人の等級と役職の等級は、分けたほうがよいのか、1本にまとめたほうがよいのか

分けるべきかどうかは、専門職の処遇と世代交代の2点で判断する。1本にまとめると運用は簡素になるが、役職に就かない専門人材の処遇に上限が生まれ、役職を降りる際には必ず処遇が下がる。専門性が事業価値の源泉である企業や、経営層の交代を計画的に進めたい企業では、分離したほうが制度の耐用年数が長くなる。本事例では、行動等級と職務等級の二軸とし、職務等級を付け替え方式とした。

Q2. なぜ職能資格制度やジョブ型の単一等級ではなく、行動等級と職務等級の併用を選んだのか

職能資格制度は能力の蓄積を処遇に反映しやすい一方、蓄積が下がらないため人件費が硬直化する。職務等級のみの設計は役職と処遇が一致するため明快だが、ポストが限られる規模の企業では専門人材の行き場がなくなる。本事例では、行動基準で人を格付けし、役職には別に職務等級を対応させることで、両方の弱点を避けた。行動等級は求める人材像から落とし込んだ行動基準で定義しているため、評価基準としても機能する。

Q3. 昇格の基準は、下位等級での実績で決めるべきか、上位等級への期待で決めるべきか

上位等級への期待で決める設計を推奨する。下位等級での実績を基準にすると、優秀な担当者が昇格して不向きな役割に就く現象が起きやすく、等級が滞留年数の関数になっていく。本事例では入学基準を採用し、上位等級の行動がとれると期待できる者を昇格させる形とした。あわせて、評価ポイントの累積で候補が自動的に浮上する仕組みを組み込み、推薦の有無だけで候補が決まらないようにしている。

Q4. 賞与の比重が高い報酬構成を月例給中心に切り替える際の最大の論点は何か

総人件費を増やさずに移行できるかどうかである。月例給を引き上げれば、割増賃金の単価と社会保険料が連動して上がるため、賞与から月例給へ機械的に振り替えると総額が膨らむ。等級ごとの賃金レンジ、昇給ピッチ、固定残業手当の扱いを同時に設計し、現在の在籍者を新テーブルへ移行させたときの総額を試算してから水準を決める必要がある。本事例では、等級内の下位で昇給を厚く、上位で薄くする号俸設計により、移行後の人件費増加を抑えた。

Q5. 人事制度は何年くらいで作り直す必要があるのか

等級構造そのものは、5年から10年の耐用年数を持たせられる。作り直しが必要になるのは、事業構成が変わって必要な役職が変わったときと、人員構成が想定から大きくずれたときである。逆にいえば、役職を等級と分離し、ポストの増減を等級体系の外側で吸収できる設計にしておけば、骨格は長く使える。本事例では、2017年に設計した骨格が、事業領域の拡張と経営体制の交代を経て運用されており、改定は運用ルールと水準の調整にとどまっている。

Q6. 100名規模の会社に、等級制度は何段階必要か

段階数は組織階層の数ではなく、キャリアの節目の数で決める。多すぎれば昇格が形式化し、少なすぎれば長期の滞留が生じる。100名規模であれば、習熟期、専門性の発揮期、組織業績への責任期、経営補佐という4つの節目を置き、うち中間の2つを2区分に分ける構成が扱いやすい。本事例では行動等級を6区分、職務等級を6段階とした。