ホールとキッチンで行動基準を分けパート評価と時給改定を連動させた制度設計
設立1960年代
従業員約200名
売上約220億円
提供サービス人事制度設計
実施期間5ヶ月
支援時期2019年~2020年
対象層・対象人数全社
事例サマリー
背景
豚肉の生産から加工・販売までを一貫して手がけるグループの外食事業を担う同社は、関東地方に本社を置く。自社ブランドの食肉を用いた飲食店を直営で運営し、商業施設への出店によって業態を広げていた。
事業の拡大は、店舗数と雇用者数の増加を伴う。飲食業の店舗運営は、正社員だけで完結しない。営業時間の大半は、パートタイマーとアルバイトの就業によって支えられている。
この時期、労働法制が相次いで変わった。2019年4月に年次有給休暇の年5日取得が義務化され、時間外労働の上限規制が始まった。2020年4月以降は、待遇差の説明義務を含むパートタイム・有期雇用労働法の適用が順次拡大した。
事業の拡大と法制度の変更が、同じ時期に処遇の仕組みの整備を要求した。同社が優先課題として挙げたのは、昇給・残業代・時給という報酬領域の抜本的な見直しである。
課題(Before)
直営店舗を運営する同社において、支援開始時点で確認された課題は次のとおりである。
1.賃金制度に体系がなく、昇給が個別判断で行われていた。改定の根拠を従業員に説明できず、処遇への納得感が生まれない状態だった。
2.ホール業務とキッチン業務で求められる行動が異なるにもかかわらず、共通の基準しか存在しなかった。どちらの職種にとっても実感の薄い基準となり、評価が形式化していた。
3.パートタイマーの時給が一律に近い運用だった。習熟度や担える業務範囲が時給に反映されないため、早く上達した人ほど処遇への不満を持ちやすい構造になっていた。
4.残業代が高騰していた。固定労働時間制のもとでは、飲食業に固有の繁閑差がそのまま時間外労働として計上される。
5.管理職と非管理職の年収が逆転しうる構造だった。役職手当の水準が業務の重さに見合っておらず、店長・料理長への登用が処遇上の不利益になりかねなかった。
6.年次有給休暇と公休が区別されないままシフト管理されていた。取得日数を正確に把握できず、義務化された年5日の取得管理に耐えられない。
7.昇格の基準と、その先のポジション・給与が示されていなかった。従業員が自社で働き続けた場合の見通しを描けず、定着の理由をつくれない。
8.評価の結果が賞与にも昇給にも接続していなかった。評価を実施しても処遇が動かないため、評価する側の真剣さも保てない。
目的と設計方針
同社に対し、セレクションアンドバリエーションが設定した目的は、報酬制度の整備を起点として、等級・評価・報酬を一体の仕組みへ組み替えることである。
設計方針は4点とした。
1.解決を急ぐ領域から着手する。同社の関心は報酬にあった。報酬の決まり方を先に定義し、それを支える等級と評価を後から接続する順序をとった。
2.職種の違いを等級構造に持ち込む。ホールとキッチンを分けて等級を定義し、それぞれの職種で発揮してほしい行動を基準とした。
3.設計範囲を雇用形態で切らない。パートタイマー・アルバイトにも、正社員と同じ思想で評価基準と昇給ルールを設ける。
4.賃金制度と労働時間制度を同時に扱う。飲食業では、労働時間の設計を変えないまま賃金だけを整えても、人件費の変動を制御できない。
実際に構築した制度のポイント
構築した制度の骨格は、職種別に定義した5段階の行動等級である。
1.行動等級(コンピテンシー等級)を、ホールとキッチンで別々に設計した。等級ごとに発揮すべき行動を定義し、昇格の要件を明示している。
2.上位層には職責等級を重ねた。店長・料理長へ進む管理者コースと、技能を深める専門職コースを置き、複線型人事制度とした。管理監督者の範囲もこの構造の上で定義している。
3.基本給をレンジレート(範囲給)へ移行した。等級ごとに上限と下限を設定し、評価結果に応じて号俸を改定する。上位評価では複数段階の昇給、下位評価では据え置きまたは引き下げが生じる仕組みである。
4.評価結果を昇給と賞与の両方に接続した。同じ評価結果が、月例給与の改定と賞与の係数の双方を動かす。
5.評価項目は、現場の行動アンケート(コンピテンシー調査)の結果に基づいて設定した。抽象的な能力語ではなく、店舗で実際に観察できる行動を項目とした。
6.パートタイマー・アルバイトの評価基準を、職務行動ごとに段階定義した。ホールでは接遇・準備・オーダー・提供、キッチンでは準備と片付け・盛付・調理・工程を軸とし、いずれにもチームワークの観点を加えている。
7.評価点と時給改定を連動させた。評価点が高いほど昇給幅が大きくなり、時給水準が上がるほど昇給幅は逓減する。習熟の初期段階を厚く処遇し、上位帯では等級・雇用区分の変更によって処遇が伸びる設計である。
8.月例給与の構成を再設計した。非管理職は基本給・みなし残業代・諸手当、管理職は基本給・役職手当・諸手当とし、役職手当の水準は非管理職との逆転が起きない範囲で検証した。
9.労働時間制度を1か月単位の変形労働時間制へ移行した。1年単位・1週間単位との比較を行ったうえで、シフト確定の実務と繁閑の周期に最も適合する形式を選んでいる。
10.年次有給休暇の届出プロセスを整備した。届出書式、提出から承認までの流れ、時季変更権の運用範囲、公休との区分をルール化し、シフト管理上で取得日数を追跡できる状態にした。
【移行と浸透】
11.全従業員の移行シミュレーションを実施し、新旧制度での支給額の差を確認したうえで移行案を確定した。
12.規定化・機関承認・従業員への説明を経て運用を開始し、評価者となる店舗管理職への研修を実施した。制度の文言よりも、評価の場面で何を見るかを揃えることに時間を割いている。
導入後の変化
1.店舗業態の構成が変わった。支援当時に複数展開していた創作料理業態は、その後、専門業態を中心とする構成へと集約されている。等級と評価の基準を業態ではなくホール・キッチンという職種軸で定義していたため、業態の見直しに際して評価基準を作り直す必要が生じなかった。
2.パートタイマーの処遇改定に、制度上の根拠が備わった。2020年4月以降、待遇差の説明義務が段階的に適用範囲を広げている。評価点に基づいて時給が改定される仕組みを事前に整えていたため、説明の材料が制度の内側にある状態となった。
3.繁閑差の扱いが労働時間制度の側で処理されるようになった。1か月単位の変形労働時間制のもとでは、月内で労働時間を配分できる。時間外労働の発生を、シフト編成の段階で設計できる状態になっている。
4.昇格と処遇の見通しが職種ごとに示された。ホールとキッチンのそれぞれに等級と要件が定義され、管理者コースと専門職コースの分岐も明示されている。従業員が自社で働き続けた場合の道筋を、面談の場で具体的に説明できる。
人事制度は、導入時点の完成度ではなく、その後に自社で運用し続けられるかどうかで評価される。セレクションアンドバリエーションが設計した職種別の等級と、雇用形態を横断する評価の骨格は、業態構成の変化を経てなお、同社の店舗運営の基盤として機能している。
本プロジェクトの特徴
1.人材確保に効かせるには、正社員の制度だけを整えても足りない。本案件では、店舗の稼働時間の多くを担うパートタイマーとアルバイトを、正社員と同じ評価の設計思想の中に入れた。飲食業では、接客と調理の品質がそのまま来店客の評価になる。その品質を日々つくっているのが誰かを見れば、処遇の仕組みを整える対象は自ずと決まる。
2.職種の違いを等級構造に持ち込む判断を行った。ホールとキッチンでは、上達の順序も、上位者に期待される役割も異なる。両者を1本の基準に統合すると、抽象度を上げるほかなくなり、評価者が現場で使えない基準ができあがる。使われない基準は、制度全体の信頼を損なう。
3.賃金制度と労働時間制度を同時に扱った。飲食業の人件費は、単価だけでなく総労働時間によって決まる。賃金テーブルだけを精緻にしても、繁閑差が時間外労働として積み上がる構造を放置すれば、原資は確保できない。労働時間制度の選択を制度設計の一部として扱ったのは、そのためである。
4.評価の設計を、評価される側の納得可能性から逆算した。パートタイマーの評価項目には、機器の操作、準備と片付け、提供時の説明といった、本人が自分で確認できる行動を置いている。上長の印象ではなく行動で決まることが、処遇に対する納得の前提になる。
担当コンサルタント: 平康 慶浩
最も判断を要したのは、パートタイマーの評価をどこまで作り込むかという点でした。一般的には正社員の制度を先に整え、その後に非正規社員へ広げます。しかしこの会社では、店舗の品質を日々つくっているのはパートタイマーの方々でした。ですから同じタイミングで設計し、評価点と時給の関係まで定義しました。処遇の根拠を示せることが、働き続ける理由になると考えたためです。
よくあるご質問
分けたほうがよい場合が多い。ホールは接客の同時処理能力、キッチンは調理工程の管理能力というように、上達の順序と上位者への期待が異なるためである。両者を1本の基準にまとめると、どちらの職種の実態にも合わない抽象的な文言になり、評価者が使えなくなる。本事例では、ホールとキッチンで別々に5段階の行動等級を定義し、上位層で管理者コースと専門職コースに分岐させた。
Q2. なぜ職務等級制度(ジョブ型)ではなく行動等級を選んだのか。
店舗運営では、担当業務が日々のシフトによって変動するためである。職務等級は、職務の範囲が安定している組織では有効に働くが、同じ人が日によってホール全体を見たり特定工程を担ったりする環境では、職務記述と実態の乖離が早期に生じる。本事例では、業務内容ではなく発揮された行動を等級の基準とすることで、シフト変動に耐える構造とした。
Q3. パートタイマーの時給に評価を反映させるとき、何を基準にすればよいか。
本人が自分で確認できる行動を基準にすることである。接遇、準備、オーダー入力、提供、片付け、調理工程といった具体的な行動を段階で定義すれば、評価の結果を本人に説明できる。抽象的な意欲や態度を基準にすると、上長の印象評価となり、時給差が不満の原因に変わる。本事例では、職務行動を項目別に段階定義し、チームワークの観点を加えたうえで、評価点と昇給額を対応させた。
Q4. 飲食業で人件費を管理するには、変形労働時間制と固定残業代のどちらが有効か。
両者は代替関係ではなく、対象とする問題が異なる。固定残業代は支払いの方法を整えるものであり、労働時間の総量そのものは変えない。繁閑差が構造的に大きい業態では、労働時間の配分を月単位で調整できる変形労働時間制のほうが、時間外労働の発生を設計段階で抑えられる。本事例では、1年単位・1か月単位・1週間単位を比較し、シフト確定の実務に適合する1か月単位を採用したうえで、非管理職の給与構成にみなし残業代を組み込んでいる。
Q5. 飲食業の人事制度は、何年くらいで作り直す必要があるのか。
等級と評価の骨格は、5年から10年の耐用年数を持たせて設計できる。ただしその条件は、基準を業態や店舗ではなく職種の行動で定義しておくことである。業態別に基準を作ると、業態を変えるたびに制度も作り直しになる。本事例では、ホールとキッチンという職種軸で基準を定義したため、業態構成が変化した後も等級と評価の骨格が継続して用いられている。
Q6. パートタイマーの待遇差について、説明義務にはどう備えればよいか。
待遇の決まり方を、制度として文書で定義しておくことが最も確実である。説明を求められた時点で理由を作文するのではなく、評価項目・評価点・改定額の対応関係が制度に書かれていれば、それがそのまま説明の材料になる。本事例では、評価基準と昇給ルールの整備を、法適用の拡大に先行して実施した。