事業計画を役員と部長の役割に落とし込んだ目標管理と役割等級の再設計
設立1960年代
従業員約3,500名
売上約4,300億円
提供サービス人事戦略策定・人事制度設計
実施期間18ヶ月
支援時期2004年~2005年
対象層・対象人数全社
事例サマリー
背景
近畿地方に本社を置き、生鮮食品を主体とする食品スーパーマーケットチェーンである同社は、支援当時 約130店舗を近畿圏の2府4県に展開していた。商圏半径1キロメートルから2キロメートルの小商圏に店舗を集中させるドミナント戦略により、地域内シェアを積み上げてきた企業である。
一方で、この時期の食品小売市場は、全国規模のチェーンおよび外資系チェーンの地域参入が進み、業界再編が本格化していた。地域密着を強みとしながら、超大規模チェーンと互角に競争できる店舗運営を実現することが、経営の中心課題となっていた。
人事面では、1997年に導入した職能資格等級制度を運用していた。10段階の資格等級と役職を分離し、総合職・一般職・専任職の職群で管理する仕組みである。導入から相応の年月を経て、この仕組みが競争環境の変化に追随できているかが問われる局面にあった。
同時に、経営体制の刷新があった。事業計画を誰がどのように実行するのかを、あらためて定義し直す必要が生じていた。
課題(Before)
支援当時 約130店舗を運営する同社では、経営管理と人事制度の双方に課題が存在していた。現状分析と役員インタビューを通じて、以下の8点を特定した。
1.経営理念について、経営陣それぞれが想定する内容が大筋では一致するものの、方向性の細部が不明確であった。全社課題の優先順位を決める共通の基準がないため、部門ごとに重点の置き方が分かれる。
2.役員の役割と責任、および主担当と一部担当の区分が整理されていなかった。ある課題について誰が最終的に意思決定するのかが曖昧なまま、検討だけが進む状態が生じる。
3.課題に対する成果物の定義が「努力する」「その方向性を目指す」といった定性表現にとどまっていた。達成と未達成を判定できないため、結果責任が誰にも発生しない。
4.レポートラインと会議体が定義されていなかった。事業計画が決まっても、それを現場の行動へ伝達し進捗を確認する経路がないため、計画と実行が分離する。
5.職能資格等級制度の等級定義と、目標管理制度で設定される目標の内容が一致していなかった。目標を達成しても等級が動かないため、目標管理制度が処遇と切り離された作業になる。
6.報酬は年齢給と職能給を中心に構成され、年齢給は38歳まで、職能給は原則として毎年昇給する設計であった。成果の大小が処遇へ反映されにくく、年功的な処遇が定着していた。
7.人事評価は職務基準の達成度を絶対評価で行い、最終的に相対区分へ変換する方式で、評価結果を本人へフィードバックしていなかった。評価が育成の手段として機能しない。
8.総合職・一般職・専任職の職群管理に加え、店舗勤務と本社勤務で社員区分が分かれていた。実力に応じて役割を任せようとしても、区分そのものが配置の制約になる。
目的と設計方針
同社に対し、セレクションアンドバリエーションが設定した目的は3点である。
1.企業の使命と、社員とりわけ経営幹部の役割とを、密接かつタイムリーに連動させること。
2.適材適所と抜擢を容易にし、人材を競争の源泉となる領域へ配置できるようにすること。
3.重い役割を担い高い成果を出した人材に、その成果に見合う報酬を支払えるようにすること。
設計方針として、次の3点を置いた。
1.人事制度の設計より先に、意思決定ルールを定義する。事業計画を幹部の役割に落とし込むには、誰がどの会議体で何を決めるかが先に確定していなければならない。等級や評価の仕組みだけを作っても、決定の経路がなければ運用されない。
2.目標によるマネジメントを、ノルマ管理としてではなく自己統制の仕組みとして再構築する。各部門長が何をなすべきかは明確に定め、その達成方法は本人に委ねる。
3.業績評価指標は財務指標だけで構成しない。業務改善や人材育成といった非財務の指標も含めて主要業績評価指標(KPI)を抽出し、経営管理と人事管理の双方で共通に使える指標として設計する。
実際に構築した制度のポイント
同社において構築した制度の骨格は、8段階の役割等級と4段階の能力信頼等級を組み合わせたダブルラダー(複線型等級)である。あわせて、その前提となる経営管理の仕組みを先に整備した。
1.全社の使命から個人の目標までを一本の線でつないだ。全社ミッションを部門ミッションへ展開し、そこから役員の役割、管理職の役割、個人の目標へと落とし込む構造とした。各層で計画・実行・振り返りのサイクルが回るよう、目標管理シートとマニュアルを整備した。
2.役員の役割と責任を文書として確定した。経営上の重要事項の提議、取締役会での意思決定への参画、権限委譲された機能についての最終意思決定、自己の役割に必要な経営資源の入手と活用という4つの役割を定義し、それぞれに対応する説明責任を明記した。
3.意思決定ルールを会議体として設計した。月次で回る取締役会と、隔週で開催する管掌部門会議を軸に、方針決定から予算実績の検討、指示事項の伝達、現場の進捗確認までの経路を定めた。あわせて、会議資料を整備するために財務経理・人事・営業の情報を集約する組織が必要である旨を提起した。
4.役割等級を8段階で設計した。役割測定表に基づいて各ポストの役割の大きさを測定し、等級を割り当てる方式である。測定は毎年行わず、新たな役割が発生した場合に実施する運用とした。測定結果は役割評価委員会で確認し、全社での整合を取る。
5.役割等級と役職の対応を明示した。部長、バイヤーマネジャー、店長、チーフバイヤー、スーパーバイザー、トレーナー、チーフ、アシスタントチーフといった職位が、それぞれどの役割等級に対応するかを一覧で示した。
6.能力信頼等級を4段階で設計し、役割等級に重ねた。役割等級より1つ上位の役割で十分な成果を継続して出した場合に上昇し、1つ下位の役割で低い成果が続いた場合に下降する。継続期間は原則2年とした。役割の変動は比較的容易に起こるのに対し、能力信頼等級は緩やかにしか動かない。
7.人事評価制度を全面改定した。当期ミッションの達成度と定常業務の達成度の2軸で評価し、7段階の評語で判定する。絶対評価とし、評価結果は本人へフィードバックする。最終的な評語は役割評価委員会で決定し、全社での評価水準を揃える。
8.報酬を役割と能力信頼の二階建てとした。役割等級に対応する部分と能力信頼等級に対応する部分に分け、賞与は半期ごとの評語に連動して増減させる。評価によっては昇給が発生しない、あるいは減額となる仕組みを含めた。
9.職群管理を廃止した。総合職・一般職・専任職という区分と、店舗勤務・本社勤務による社員区分をなくし、担っている役割で処遇する体系へ一本化した。
10.移行と浸透を3段階で設計した。第1に、移行時に給与が減額となる社員には調整給を適用して激変を回避し、増額となる社員には直ちに適用する。第2に、部長クラス22名への先行適用を起点とし、上級管理職から管理職へと段階的に広げる。第3に、目標設定研修と評価者研修を実施し、新しい目標の立て方と評価の方法を管理職が習得する場を設けた。
導入後の変化
1.経営陣が全店舗を訪問し従業員と直接対話する場が、2008年に定例の懇談会として制度化された。同社の公開情報によれば、この場では会社の方針とともに人事制度の改善点が語られている。全社の方針を現場へ伝える経路を制度改革の中で設計したことと、同じ方向の運用である。
2.従業員区分の呼称が整理された。支援当時に課題となっていた店舗勤務と本社勤務による社員区分は、その後、勤務地ではなく働き方を基準とした区分へと置き換わっている。役割で処遇する体系へ一本化するという設計方針は、区分の名称そのものにも及んでいる。
3.経営体制が取締役と執行役員に分かれた。2026年5月時点で、複数の常務執行役員が部門を管掌する体制が取られている。役割の大きさを測定して格付けるという考え方は、役員層と執行役員層の関係を整理するうえで前提となる物差しである。
4.グループ構成が広がった。持株会社体制へ移行し、コンビニエンスストア運営、医薬品卸売、輸入・販売など複数のグループ会社を保有する構成となっている。役割を基準とした共通の等級の物差しが先に整っていれば、会社をまたいだ処遇の比較や統合を一から設計し直す必要が生じにくい。
5.経営計画の運用サイクルが継続している。2016年には経営ボードが刷新され、3か年の中期経営計画が開始されている。事業計画を幹部の役割へ落とし込むという運用は、経営体制の交代を経てなお、経営サイクルの一部として位置づけられている。
6.店舗網が拡大した。支援当時の約130店舗から、2013年に150店舗、2025年5月時点で169店舗となっている。あわせて、支援当時は出店していなかった府県への進出が進み、商圏の範囲が広がっている。
7.事業規模が拡大した。2006年に年間売上高2,000億円、2011年に2,500億円、2016年に3,000億円に達し、2026年2月期は4,000億円台となっている。正社員数は2026年5月時点で3,400名台である。
人事制度は、導入時点の完成度ではなく、その後に自社で更新できているかどうかで評価される。セレクションアンドバリエーションが設計した役割基準の考え方は、同社において、経営体制の交代と店舗網の拡大を経たのちも、経営管理の枠組みとして引き継がれている。
本プロジェクトの特徴
本案件で最も判断を要したのは、人事制度そのものではなく、その手前にある経営の意思決定構造をどこまで扱うかであった。
1.人事制度より先に、会議体と意思決定ルールを設計した。
事業計画を幹部の役割に落とし込むという目的にとって、企業価値への貢献とは、決めたことが実行される確度が上がることである。本案件では、等級や評価の設計に入る前に、取締役会と管掌部門会議の役割分担、月次で回る意思決定の経路、現場からの報告ルールを先に定義した。
そう判断した根拠は、現状分析で特定した課題の構造にある。成果物が定性表現にとどまり、責任者と実行者の区分が曖昧という状態は、評価制度を精緻にしても解消しない。決定の経路が存在しないところに評価の対象は生まれないためである。
2.役員の役割を先に確定し、そこから管理職へ落とした。
経営幹部の役割定義は、後継者の供給と権限委譲の前提を作る。本案件では、役員インタビューを経て全社課題・分野別課題・部門別課題のそれぞれについて責任者と遂行者を特定し、役員の役割を文書として確定させたうえで、それを管理職層の役割へブレイクダウンする順序を取った。
管理職の役割から積み上げる方法を採らなかったのは、上位の役割が定まらないまま下位の役割を定義すると、既存の業務分担を追認するだけになるためである。役割定義は、現状の記述ではなく、事業計画から逆算した設計でなければ意味を持たない。
3.役割等級を単独で用いず、能力信頼等級を重ねた。
処遇の納得性は、定着に直結する。本案件では、役割の大きさと達成度だけで報酬を決める方式を採らず、役割等級の達成度を緩やかに反映する能力信頼等級を別に設け、2本の等級で報酬を構成した。
役割等級のみで運用すれば、異動のたびに報酬が大きく変動する。多店舗展開する小売業では店舗の規模や立地によって役割の大きさが変わり、異動の頻度も高い。変動を抑える層を挟まなければ、制度そのものが異動の障害になると判断した。
4.全社一括導入を避け、部長クラスから先行適用した。
制度は、設計の正しさではなく運用の練度で機能する。本案件では、部長クラス22名を先行適用の対象とし、上級管理職、管理職の順に適用範囲を広げる計画とした。
先行適用の層を経営幹部に置いたのは、新しい評価の運用を最初に経験する必要があるのが評価する側だからである。評価者が習熟しないまま下位層へ展開すると、絶対評価とフィードバックという新しい運用が、旧来の相対区分の言い換えとして運用されてしまう。
5.移行方式を1案に絞らず、3案を並べて経営判断に委ねた。
移行方式の選択は、人件費と社風の双方に長期の影響を残す。本案件では、現在の処遇を前提に等級を決める案、あるべき役割に基づいて決める案、実際の役割に基づいて決める案の3案を提示し、それぞれについて報酬への影響、得られるもの、失うものを併記した。
1案に絞らなかったのは、この選択が制度設計の問題ではなく経営の意思の問題だからである。年功的な処遇をどの速度で是正するかは、コンサルタントが決めるべき事柄ではない。判断材料を揃えることが支援側の役割であると考えた。
担当コンサルタント: 平康 慶浩
このプロジェクトで最も迷ったのは、役割等級を一本で通すかどうかでした。役割の大きさだけで報酬を決めるほうが理屈は通ります。ただ、多店舗展開の小売業では店舗の規模も立地も異なり、異動が日常的に起こります。理屈を通した結果、異動そのものが怖くなる制度になっては本末転倒です。そこで能力信頼等級を重ね、報酬の振れ幅を緩めることを選びました。制度は正しさより、動かし続けられるかどうかで決まると考えています。
よくあるご質問
A. 会議体と意思決定ルールの定義から着手する。事業計画を役割へ落とし込むとは、課題ごとに責任者と遂行者を特定し、成果物を判定可能な形で定義することである。この作業を承認する場と、進捗を確認する場が存在しなければ、役割を記述しても実行の管理ができない。本事例では、目標管理シートの設計に先立ち、取締役会と管掌部門会議の役割分担、および現場からの報告ルートを確定させた。
Q2. なぜ職務等級制度(ジョブ型)ではなく、役割等級と能力等級の二軸を選んだのか。
A. 異動の頻度が高い業態では、職務等級制度単独では処遇が不安定になるためである。職務等級制度は職務の内容に等級を紐づけるため、職務が変われば処遇も変わる。店舗の規模や立地によって職務の大きさが変動し、異動が日常的に発生する多店舗小売業では、この変動幅が大きくなりすぎる。本事例では、役割の大きさで格付ける等級と、その達成度を緩やかに累積する等級を重ね、報酬の振れ幅を制御する構造とした。
Q3. 多店舗展開する小売業の人事制度改革は、全社一括で導入すべきか、段階的に導入すべきか。
A. 評価者となる層から段階的に導入するほうが定着しやすい。新しい評価制度の運用でつまずくのは、評価される側ではなく評価する側である。評価者が新しい基準に習熟しないまま全社展開すると、新制度の評語が旧制度の判断基準で付けられ、名称だけが変わる結果になる。本事例では部長クラスへの先行適用を起点とし、上級管理職、管理職の順に対象を広げる計画とした。
Q4. 目標管理制度(MBO)が形骸化する原因は何か。
A. 等級定義と目標の内容が一致していないことが主要な原因である。等級が求める役割と、シートに書かれる目標が別々の論理で作られていると、目標を達成しても等級や処遇が動かない。その状態が続けば、目標管理は年2回の記入作業に変わる。本事例では、全社ミッションから部門ミッション、役員の役割、管理職の役割へと一本の線で落とし込み、等級が求める役割と目標の内容を同じ構造の中に置いた。
Q5. 人事制度は何年くらいで作り直す必要があるのか。
A. 等級と役職の骨格は、事業の単位が変わらない限り5年から10年の耐用年数を持たせられる。作り直しが必要になるのは、事業構造そのものが変わったときであり、組織変更や役職の増減は骨格の作り替えを必要としない。本事例では、役割の測定を毎年行わず、新たな役割が発生したときにのみ実施する運用としたことで、組織変更のたびに等級体系を再設計しなくてよい構造とした。