求心力と遠心力の配分を明文化し、自主自立型経営を促すグループ人事戦略
従業員単体450〜500名規模、グループ902名規模
提供サービス組織・人事戦略策定
実施期間48ヶ月
支援時期2018年~2021年
対象層・対象人数取締役
事例サマリー
支援領域:人事戦略(HRポリシー)策定/グループ経営管理体制構築/取締役会・執行役員体制の設計/経営幹部候補の可視化(マネジメントアセスメント)/戦略実行の定点観測
背景
近畿地方に本社を置く通信建設・ICTソリューション企業(1940年代創業、中核会社は単体450〜500名規模)は、連結子会社10社を擁するグループへと姿を変えていた。
同社グループは、通信設備エンジニアリングを祖業としながら、ICTソリューションへ事業の重心を移していた。売上構成の逆転はすでに起きており、業界の再編も進むなかで、広域を担う地域会社としての地力を高めることが経営課題として掲げられていた。
人事の土台は前年から整えていた。等級・評価・報酬を能力と職責の二軸で再設計し、翌年からは階層別の連続型研修を開始している。制度は行動の基準を示し、研修は行動を変える。残っていたのは、その両者が働く器としての、グループ経営の枠組みそのものであった。
事業セグメントが分かれ、子会社が10社ある状態でありながら、どの領域を本社が握り、どの領域を各社に委ねるのかが明文化されていなかった。加えて、上意下達が徹底した組織文化が残っており、現場主導の文化への転換が必要とされていた。
グループとしての企業価値は、個別企業価値の総和ではなく事業価値の総和である。この認識に立てば、各事業が自ら計画し、判断し、成果に責任を持てる状態をつくることが、グループ全体の価値を高める道になる。人的資本の観点からグループ経営の枠組みを設計するという本件の起点は、ここにあった。
課題(Before)
連結子会社10社を擁する同社グループにおいて、経営の枠組みには次の課題があった。
1.求心力と遠心力の配分が暗黙のままであった。集権的に統制する領域と、各社へ委ねる領域の線引きが定義されておらず、案件ごとに判断が揺れていた。
2.経営と執行が分離していなかった。取締役会が実務的な案件まで扱う構造となっており、重要案件の議論に十分な時間を割けていなかった。
3.権限移譲が進んでいなかった。稟議と責任の範囲が上位に集中しており、意思決定の速度が事業環境の変化に追いついていなかった。
4.事業セグメント別の収支管理体制が確立していなかった。事業ごとの収益性や投資効率を単位として評価する仕組みが弱く、自主自立型の経営を求めても判断材料が揃わない状態にあった。
5.事業グループの戦略企画と計数管理を担える人材が不足していた。子会社を含めた管理ができる人材の育成が急務とされていた。
6.執行役員の定員・要件・世代交代のルールが定まっていなかった。中期の計画に対して、何名の経営幹部が必要になるのかを逆算できていなかった。
7.経営幹部候補が可視化されていなかった。誰が次の責任を担えるのかを、グループ横断で比較できる共通の物差しが存在しなかった。
8.グループ会社と本社で管理間接業務が重複していた。希少な人的資源が、付加価値を生まない領域に滞留していた。
9.戦略が計画倒れになりやすい構造があった。担当者・期限・成果物が曖昧なまま「推進」「鋭意努力」といった表現で共有され、進捗の判定ができない状態が生じていた。
目的と設計方針
同社グループに対し、セレクションアンドバリエーションが設定した目的は、事業部門と子会社がともに自主自立型の経営を担える状態をつくることである。設計方針は次の5点とした。
1.グループ経営の枠組みを、求心力(集権化)と遠心力(分権化)のバランスとして定義する。どちらか一方に寄せるのではなく、領域ごとに統制の水準を選ぶ形式とする。
2.統制水準の判断基準を、各社の成熟度・事業の性格・経営層の状態に置く。一律の基準を当てはめず、グループ会社ごとに異なる水準を許容する。
3.権限移譲を規程として実装する。方針表明にとどめず、定款・取締役会規則・経営会議運営規程・責任規程・稟議規程のレベルで書き換える。
4.遠心力を高める前提として、経営幹部の供給経路を確保する。育成プログラムのアセスメント結果を、グループ横断の人材データとして蓄積する。
5.策定を終点にしない。戦略の進捗と人材の状態を突き合わせる定点観測を、年次の運用として設計する。
実際に構築した制度のポイント
同社グループにおいて構築した枠組みの骨格は、統制水準の明文化と、それを支える権限・人材・観測の3つの実装である。
1.全5回の検討会と総括回で組織戦略を策定した。各回2テーマ、1回あたり2時間を基本とし、テーマに応じて追加メンバーを招集する運営とした。扱ったテーマは、主要顧客の調達体制変更への対応、協力会社との関係性の再構築、取締役会および執行役員のあり方、生産性向上とイノベーション実現の仕組み、事業セグメントに応じたグループ再編、グループ経営幹部の育成、そして戦略の優先順位設定である。
2.計画を二層構造とした。3か年については、あるべき姿とギャップを示す方針レベルで定め、直近1年半については、課題・マイルストーン・スケジュール・担当者まで具体化した。遠い将来を細かく決めず、近い期間を曖昧にしないという配分である。
3.求心力と遠心力のバランスを、領域別のマトリクスとして可視化した。事業計画、グループ間取引、財務・資金、人事、トップ人事の5領域について、本社が決定する水準から各社が自由に決める水準までを段階で示し、領域ごとに現在地と目標地点を置く形式とした。
4.人事の領域については、中間的な水準を選択した。トップ人事は株主としての立場から本社が決定し、それ以外の人事は各社の自主性に委ねる配分である。自主自立型経営の実感を損なわずに、グループとしての整合を保つことを狙いとした。
5.経営と執行の分離を規程で実装した。定款変更による簡素な機関設計、取締役会規則の改定による決議事項の重要案件への限定、経営会議運営規程の新設による業務執行の強化、執行役員規程および子会社管理規程の改定、責任規程・稟議規程の改定による社長から下位役員および事業部長への権限移譲を、順次実施した。
6.事業セグメントを4区分に整理し、セグメント別の収支管理体制を確立した。あわせて事業企画推進部を強化し、事業グループごとの戦略企画と計数管理を担う機能を置いた。
7.戦略実行のPMO(Program Management Office)を経営企画部門に設置した。実行計画策定管理、進捗管理、課題管理、変更管理の4機能を持たせ、経営会議議長からの権限移譲により運営する構造とした。
8.PMOのチェック観点を明文化した。5営業日を超えるタスクは分解する、成果物と終了日時を明示する、責任者を一意に定める、といった観点である。「推進」「鋭意努力」といった動詞、「10月中」「上旬」といった期限表現、「経営層」「◯◯社」といった主体表現を注意ワードとして列挙し、計画の曖昧さを構造的に排除した。
9.経営幹部の育成を7つの戦略の1つに位置づけ、階層別の連続型研修を人材供給の経路として組み込んだ。管理職層向けプログラムの修了後に経営層向けプログラムへ選抜し、経営層向けプログラムの修了者が次期受講者のコーチを担う循環である。
10.執行役員の定員前提を中期の計画に連動させた。必要となる経営幹部の数を計画から逆算し、候補者をグループ各社を含めて具体化したうえで、世代交代のルール化と計画化を進めた。
11.経営幹部候補のアセスメントを年次で実施した。経営層向けプログラムでは視点の広さ・視点の深さ・積極性・リーダーシップの4観点、管理職層向けプログラムではチャレンジ・創意工夫・顧客理解・コミュニケーション・リーダーシップの5観点で、プログラム中の行動を得点化した。
12.アセスメント結果を事業セグメント別・グループ会社別に集計した。どの事業にどの能力が偏在しているかを可視化し、育成と配置の判断材料とした。あわせて女性活躍の枠を別に設け、参加機会が事業構成に左右されない設計とした。
13.定点観測を年次の運用として組み込んだ。経営層が集まる検討会において、戦略の進捗とアセスメント結果を同じ場で突き合わせ、次年度の育成計画・登用計画・組織方針へ反映する流れとした。
導入後の変化
1.機関設計と権限の構造が実際に変わった。定款変更、取締役会規則および細則の改定、経営会議運営規程の新設、執行役員規程・子会社管理規程・責任規程・稟議規程の改定が、2018年の7月から9月にかけて順次承認されている。方針の表明ではなく規程の改定まで到達したため、権限移譲が個人の裁量ではなくルールとして機能する状態になった。
2.統制水準の議論が個別案件から切り離された。領域ごとに本社の関与水準を定義したことで、案件が生じるたびに「本社が決めるのか各社が決めるのか」を議論する必要がなくなっている。
3.事業単位での経営が可能になった。4つの事業セグメントごとに収支管理体制を置き、事業企画推進部を強化したことで、各事業が自ら計画を立て、投資判断に関与する前提が整った。
4.グループ横断で幹部候補が可視化された。育成プログラムのアセスメント結果を年次で集計したところ、上位の評価を得た対象者には子会社に所属する管理職が複数含まれていた。本社の在籍者に限らず幹部候補が存在することが、共通の物差しの上で確認できる状態になっている。
5.女性の経営幹部候補が対象に入った。参加枠を別に設けたことで、事業構成の偏りに影響されずに候補者を観測できるようになった。年次のアセスメントでは、この枠から上位の評価を得る対象者も出ている。
6.経営層の議論の題材が変わった。年次の検討会では、事業ごとの5年後のあるべき姿、自主経営を維持するために必要な業績水準、経営幹部を自前で供給し続けるための条件といった論点が扱われている。自主自立型経営を「与えられるもの」ではなく「保ち続けるもの」として扱う議論が、経営層のあいだで共有されている。
7.戦略の進捗が判定可能になった。PMOのチェック観点を運用したことで、担当者・成果物・期限が特定できない計画が残りにくくなり、遅延の把握と課題への引き渡しが年次のサイクルで回るようになった。
人事戦略は、策定した時点では紙にすぎない。価値が生まれるのは、それが規程として実装され、人材の状態と突き合わせて更新され続けたときである。セレクションアンドバリエーションが設計したグループ人事戦略の枠組みは、同社グループにおいて、権限の構造と人材の可視化という2つの実装をともないながら、年次の観測を通じて運用され続けている。
本プロジェクトの特徴
本案件の中心は、グループ経営の方針を1つに決めなかったという判断である。
1.企業価値への貢献はなにか。グループ経営では、統制を強めれば各社の意思決定が遅くなり、任せすぎればグループとしての整合が失われる。どちらが正しいかという問いには答えがない。答えがあるのは、領域ごとにどちらへ寄せるかという問いである。この配分をあらかじめ決めておくことが、事業環境が変わったときに素早く舵を切れる条件になり、企業価値への貢献となる。
2.本案件ではどう判断したか。求心力と遠心力を単一の方針で決めず、事業計画・グループ間取引・資金・人事・トップ人事の5領域に分けて、それぞれ統制の水準を設定した。人事については、トップ人事のみ本社が決定し、それ以外は各社に委ねる中間解を採った。
3.その判断の根拠。グループ会社の成熟度、事業の性格、経営層の状態は各社で異なる。一律の統制水準を当てはめれば、どこかの会社では必ず過剰か不足になる。とりわけ人事の統制を強めると、自ら人を選び育てる経験が各社から失われ、自主自立型経営の実感が損なわれる。同社グループでは、階層別の連続型研修によって幹部候補を供給する経路をすでに持っていたため、人事の遠心力を高めても後継が枯渇しないという見通しが立っていた。育成の仕組みが先にあったからこそ、分権へ寄せる判断が取れたという順序である。
4.戦略策定を終点にしなかったことも、意図的な設計である。人事戦略は、策定時点の環境を前提にした仮説にすぎない。年次で戦略の進捗と人材の状態を同じ場に並べ、次年度の計画へ反映する運用を組み込んだことで、枠組みが更新され続ける仕組みになった。
5.計画の言葉づかいにまで踏み込んだ点も、本案件の特徴である。「推進」「鋭意努力」といった動詞や、「上旬」「◯◯社」といった曖昧な表現を注意ワードとして明示し、担当者・成果物・期限が特定できない計画を残さない運用とした。権限を移譲するのであれば、移譲された側の計画が判定可能でなければならない。分権と管理は対立しない。
担当コンサルタント: 平康 慶浩
グループ経営のご相談では、集権か分権かを決めてほしいと言われることが多くあります。ただ、そこを一つに決めた瞬間に、どこかの会社が必ず窮屈になります。この案件でお伝えしたのは、領域ごとに決めましょう、ということでした。人事を各社に委ねる判断ができたのは、幹部候補を育てる仕組みを先に持っていらしたからだと思います。
よくあるご質問
A. 全社方針として1つに決めるのではなく、領域ごとに設定するのが実務的である。事業計画、グループ間取引、財務・資金、人事、トップ人事といった領域では、統制を強めた場合の効果も副作用も異なるためである。判断基準は、各社の成熟度、事業の性格、経営層の状態の3点に置く。本事例では5領域に分けてマトリクスとして可視化し、現在地と目標地点を領域ごとに置いた。
Q2. なぜ純粋持株会社化やカンパニー制への移行ではなく、既存の体制のまま権限移譲を進めたのか。
A. 組織形態の変更は手段であって、目的ではないためである。持株会社化やカンパニー制は、権限と責任の所在を形式として整える効果があるが、移行そのものに相応の時間とコストがかかり、その間は経営の関心が制度移行に向く。本事例で必要だったのは、事業環境の変化に対する意思決定の速度であった。そのため、規程レベルでの権限移譲と、事業セグメント別の収支管理体制の確立を先行させ、形式の変更を前提としない実質的な分権を選んだ。組織形態の見直しは、その先の選択肢として残している。
Q3. 子会社の経営幹部は、親会社から送り込むべきか、各社で育てるべきか。
A. 各社で育てられる状態を目標に置きつつ、供給の経路が確保できるまでは併用するのが現実的である。親会社からの派遣に依存すると、各社の社員にとって経営幹部が到達可能な役割ではなくなり、意欲の面で失うものが大きい。一方で、候補が育っていない段階で内部登用に固執すれば、経営の質が下がる。本事例では、グループ各社の管理職層を階層別の連続型研修に参加させ、アセスメントによって候補を可視化する経路を先に整えた。
Q4. 経営幹部候補の可視化には、何をデータとして使えばよいのか。
A. 人事評価の結果だけでは不十分であり、現職とは異なる状況での行動を観測できるデータを併用する必要がある。人事評価は現在の職務における成果を測るものであり、より上位の役割で必要となる視点の広さや影響力の発揮を捉えきれないためである。本事例では、育成プログラムにおける多面評価と、プログラム中の行動アセスメントを組み合わせ、経営層向けでは視点の広さ・深さ・積極性・リーダーシップ、管理職層向けではチャレンジ・創意工夫・顧客理解・コミュニケーション・リーダーシップの観点で得点化した。
Q5. 人事戦略は策定したあと、どのくらいの頻度で見直すべきか。
A. 方針の骨格は3年程度の耐用年数を持たせられるが、進捗と人材の状態は年次で確認すべきである。人事戦略は策定時点の事業環境を前提にした仮説であり、事業計画の進み方と、実際に育っている人材の顔ぶれによって、前提が変わるためである。本事例では、3か年の方針と1年半の実行計画という二層構造で策定したうえで、年次の検討会において戦略の進捗とアセスメント結果を同じ場で突き合わせ、次年度の計画へ反映する運用としている。
Q6. 権限移譲を進めると、グループ全体の統制が効かなくなるのではないか。
A. 移譲された側の計画が判定可能であれば、統制は失われない。統制が効かなくなるのは、権限を渡したからではなく、渡した先の計画に担当者・成果物・期限が書かれていないためである。本事例では、権限移譲を規程で実装すると同時に、経営企画部門に戦略実行のPMOを設置した。5営業日を超えるタスクは分解する、終了日時と成果物を明示する、責任者を一意に定めるといったチェック観点を運用し、曖昧な表現を注意ワードとして排除している。