チェンジマネジメント実現のための人事制度改定プロジェクト
設立1940年代
従業員単体450〜500名規模、グループ900名規模
売上約600億円(単体)
提供サービス人事制度設計
実施期間6ヶ月
支援時期2017年~2018年
対象層・対象人数全社
事例サマリー
背景
近畿地方に本社を置く通信建設・ICTソリューション企業(1940年代創業、支援当時 単体450〜500名規模)は、通信設備エンジニアリングを祖業としながら、事業構成を大きく変えていた。
同社は10年ほど前に、能力の育成と貢献への報酬を目的とした能力等級制度を導入し、運用してきた。導入当時の事業は、通信設備の設計・施工・保守を中心とする単一の性格を持っていた。
その後、システム開発会社や映像・音響システム会社などのグループ会社化が進み、売上構成は通信設備エンジニアリング4割に対してICTソリューション6割へと逆転した。グループ会社は10社を数え、グループ全体で売上高500億円超を目指す成長目標が掲げられていた。
事業の性格が変われば、求められる人材の要件も変わる。設備工事の技能と、システム提案・開発の専門性とでは、成長の道筋も労働市場の相場も異なる。1つの能力等級で両方を測る構造には無理が生じていた。
さらに、業績が安定していたことが、かえって現状維持志向を生んでいた。仕事の内容と処遇、評価と処遇のあいだにずれが生まれ、それが従業員の不満の源になっていた。経営が求めたのは、事業構成の変化に追随できるマネジメントインフラとしての人事制度である。
課題(Before)
支援当時 単体450〜500名規模の同社において、旧制度には次の課題があった。
1.能力等級と報酬が一本化されており、同じ等級であれば役職者と非役職者のあいだに報酬差が生まれなかった。組織の責任を負うことに、処遇上の意味がなかった。
2.昇格が高度な文書力を要する自己申請方式であった。申請できる人材と、実際に責任を担える人材が一致せず、抜擢・引き上げのための経路が制度上存在しなかった。
3.管理職に至るキャリアの方向性が強く見えていた。管理職を志向しない専門人材に対して、処遇を上げる道筋を示せなかった。
4.評価による報酬差が、運用のなかで年々小さくなっていた。業績評価の結果が報酬に十分に反映されず、評価そのものの意味が薄れていた。
5.降格の運用がほとんど行われていなかった。等級が上がる一方の構造は、人件費の硬直化と、上位等級の基準の形骸化を同時に招く。
6.同一等級でありながら基本給と調整手当の水準に差が残っており、昇給や賞与の算出のたびに個別調整が必要となっていた。
7.能力評価の指標が16項目に及び、共通能力要件と専門能力要件の双方を満たす必要があった。評価する側にも、される側にも負担が大きい構造であった。
8.業績評価が相対評価であったため、上位評価を出すには下位評価を作らなければならなかった。組織全体で目標を達成しようという行動と、制度の設計思想が噛み合っていなかった。
9.複数の業種・職種に対応する柔軟性が制度側になく、職種ごとの労働市場水準に合わせた採用条件を提示できなかった。
目的と設計方針
同社に対し、セレクションアンドバリエーションが設定した目的は、事業ポートフォリオの変化に人事制度を追随させることであった。設計方針は次の4点である。
1.複数の業種・職種を1つの制度で扱えるようにする。設備工事とICTソリューションの双方に対応できる等級構造を設計する。
2.能力の軸を捨てない。10年運用され、社内に浸透していた能力等級は、キャリア構築の枠組みとして踏襲する。そのうえで、担当する仕事の大きさと責任の重さを測る軸を新設し、二軸構造とする。
3.管理職以外のキャリアを制度として用意する。組織の長としての道と、専門性を発揮する道を、等級と報酬の両面で並立させる。
4.評価を報酬決定の手続きではなく、業績目標を達成するための仕組みとして再定義する。期末の納得性だけでなく、期初の目標設定と期中のフィードバックを設計対象に含める。
実際に構築した制度のポイント
同社において構築した制度の骨格は、能力等級と職責等級の二軸である。
1.7段階の能力等級を維持したうえで、職責等級を12段階で新設した。能力等級は個人に紐づく成長の指標、職責等級は担う仕事の大きさと責任の重さの指標として、役割を分離した。
2.職責等級を管理職と専門職に分岐させ、複線型のキャリアパスとした。組織の長を管理職、それ以外を専門職と定義し、管理監督者の範囲を能力等級の一定水準以上と整理した。
3.能力等級の昇格から自己申請を廃止した。年度評価の上位者がノミネートされ、面接および小論文の審査を経て、人事委員会が決定する手順とした。昇格基準は「入学基準」として設計し、下位等級の行動が十分だから昇格させるのではなく、上位等級の行動がとれると期待できる者を昇格させる考え方に改めた。
4.降格の基準を明文化した。2年連続で年度評価が芳しくない場合にノミネートし、半年の再チャレンジ期間を置いたうえで最終判断する運用とした。
5.月例給を3階建てに再構成した。能力等級ごとに定額のシングルレート(単一給)、職責等級ごとに上限下限を持つレンジレート(範囲給)、そして毎年の評価で洗い替える評価給の3要素である。基本給・調整手当と、主任・係長に対する役職手当は廃止し、職責給へ統合した。
6.職責給には四分位に基づく昇降給マトリクスを設けた。同じ評価であっても、賃金レンジ内のどの位置にいるかによって昇降給幅が変わる構造とし、標準額へ収れんさせる仕組みとした。
7.降級時の激変緩和として、差額を一定期間補填する仕組みを設けた。支給は3年を上限とし、毎年3分の1ずつ逓減させることで、緩和と適正化を両立させた。
8.賞与から「基本給の何か月分」という算定概念を廃止した。職責等級別の賞与算定基礎額を設定し、全社および組織の業績で原資を決め、個人の評価結果を反映させる方式へ改めた。事業部ごとに変動幅の大小を変えられる余地も残した。
9.評価を行動評価と業績評価の2本立てとし、いずれも絶対評価4段階とした。16項目に及んでいた能力要件は、リーダーシップ・チャレンジ・創意工夫・顧客満足度・コミュニケーションの5項目へ集約し、コンピテンシーディクショナリとして等級ごとの行動レベルを明文化した。
10.職責等級が上がるほど業績評価のウェイトを高める構造とした。新入社員層は行動評価100%、上位の職責等級では業績評価100%となる連続的な配分である。
11.目標管理制度(MBO)の運用順序をルール化した。本人が先に目標を書くのではなく、上司が部門目標を個人単位のマトリクス形式で整理し、所属ミーティングで全員が目標を共有したうえで、個別面談でアクションプランに落とす順序とした。
12.行動評価と業績評価を職責等級ごとのウェイトで合算し、5段階の総合評価とした。総合評価は職責給の改定、評価給の改定、賞与算定、能力等級の昇降格ノミネートの4つに接続する。
13.移行と浸透。制度移行時点では月額総額が原則として変わらない設計とし、報酬の増減ではなくキャリアパスと賃金カーブの提示によって改定の意図を伝えた。60歳到達時の一律減額ルールは廃止し、有期雇用の社員についても同一の等級・報酬体系へ切り替えた。管理職および従業員向けの説明会を開催し、欠席者には動画配信で受講機会を確保したうえで、Q&Aを社内データベースで公開した。
導入後の変化
1.評価に対する納得感が高まった。同社が実施した組織風土診断(エンゲージメントサーベイ)では、初回調査から2回目調査にかけて全項目のスコアが上昇し、なかでも「上司からの評価に納得できる」「仕事に誇りを持てる」の伸びが顕著であったことを、同社自身が公表している。評価を絶対評価に改め、行動評価の基準を等級ごとに明文化したことで、評価結果の説明可能性が高まっている。
2.定着が改善した。2018年以降、離職率が低下したことを同社は公表している。同一等級内でも責任の重さに応じて処遇が変わる構造としたこと、および管理職以外のキャリアに処遇上の到達点を用意したことが、仕事の内容と処遇のずれを縮める条件となっていた。
3.世代交代が進んだ。中堅層が執行役員として登用される動きが生じている。能力等級が変わらなくても上位の職責等級へ任命できる構造としたため、昇格審査を待たずに責任の大きい役割を任せる経路が制度上確保されていた。
4.事業構成の変化に制度が追随している。設備工事とICTソリューションでは求められる専門性も労働市場の相場も異なるが、職責の軸で仕事の大きさを測る構造としたことで、職種ごとの市場水準に合わせた処遇設定が同一の制度内で可能になっている。
5.制度が同社自身の手で更新されている。同社は制度改定後も運用を続けながらブラッシュアップを重ねていると述べており、副業の解禁など、改定時には含まれていなかった施策の検討にも自ら着手している。
人事制度は、導入時点の完成度ではなく、その後に自社で更新できているかどうかで評価される。セレクションアンドバリエーションが設計した能力等級と職責等級の二軸構造は、事業構成の変化と世代交代を経てなお、同社の処遇の骨格として運用され続けている。
本プロジェクトの特徴
本案件で最も判断を要したのは、既存の能力等級を廃止するかどうかであった。
1.企業価値への貢献はなにか。事業構成が変わり続ける企業にとって、人事制度の価値は、完成度ではなく追随力にある。新しい事業が加わるたびに制度を作り直す会社は、そのたびに処遇の統合作業と説明のコストを負う。事業ポートフォリオが動いても人事制度が持ちこたえること自体が、企業価値への貢献である。
2.本案件ではどう判断したか。既存の能力等級を廃止して職務等級へ全面移行する道を採らず、能力等級を残したまま職責等級を併設する二軸構造を選んだ。廃止したのは制度の軸ではなく、自己申請による昇格手続き、相対評価、そして基本給・調整手当という運用上の滞留要因である。
3.その判断の根拠。第1に、能力等級は10年運用され、社内のキャリア観として定着していた。軸そのものを捨てれば、蓄積された人材評価の連続性と、社員が持っていた成長の見通しが同時に失われる。第2に、設備工事とICTソリューションでは、能力の伸び方も市場相場も異なる。単一の職務等級で両者を測ろうとすれば、どちらかの職種に不利な制度になる。能力の軸を残し、職責の軸で責任と市場性を扱う構造であれば、性格の異なる事業を1つの制度で処遇できる。
4.目標管理制度の運用順序についても、一般的な手順を採らなかった。本人が目標を起案し、上司との面談で確定させる順序は、目標が低めに設定されやすく、面談が否定的なものになりやすい。組織目標の達成を主眼に置くのであれば、上司が部門目標を分解して提示し、全員で共有したうえで個別のアクションプランに落とす順序が合理的である。評価制度を報酬決定の手続きではなく、業績を達成するための仕組みとして設計するという方針から導いた判断である。
担当コンサルタント: 平康 慶浩
最も迷ったのは、10年動いてきた能力等級を残すかどうかでした。新しい軸を入れるなら古い軸は消したほうが理屈は通ります。ただ、社員の方々がその等級で自分の成長を測ってきた事実は、制度の理屈より重いものです。捨てるのではなく、能力の軸の上に職責の軸を重ねる。事業が二つの顔を持つ会社では、ものさしも二つ必要だと判断しました。
よくあるご質問
A. 最大の利点は、既存の人材評価の連続性を保ったまま、責任と市場性を処遇に反映できることである。能力等級は個人の成長に紐づくため、異動や事業転換があっても評価が途切れない。一方で、能力等級だけでは組織の責任を担うことの意味を報酬で示せない。二軸構造にすれば、能力等級は据え置いたまま上位の職責を任せるといった運用が可能になる。本事例では、7段階の能力等級に対して12段階の職責等級を新設し、月例給を能力給・職責給・評価給の3要素で構成した。
Q2. なぜジョブ型(職務等級制度)への全面移行ではなく、能力等級と職責等級の二軸構造を選んだのか。
A. 事業の性格が複数に分かれている企業では、単一の職務等級がどちらかの職種に不利に働くためである。設備工事のように経験の蓄積が価値になる職種と、システム提案のように市場相場が短期で動く職種とでは、職務の大きさの測り方が揃わない。全面移行を選べば、その不整合が処遇の不公平として表面化する。本事例では、能力の軸を残して成長の連続性を担保し、職責の軸で責任の重さと市場水準に対応させる構造を採用した。
Q3. 昇格基準は「卒業基準」と「入学基準」のどちらで設計すべきか。
A. 上位等級の人材を意図的に増やしたい局面では、入学基準で設計すべきである。卒業基準は、下位等級の行動が十分にできていることを昇格の条件とするため、実績の積み上げが評価され、結果として年功的な運用に傾きやすい。入学基準は、上位等級の行動がとれると期待できるかを問うため、抜擢が制度として成立する。本事例では入学基準へ切り替え、あわせて自己申請方式を廃止し、年度評価上位者のノミネートと審査による選抜へ改めた。
Q4. 目標管理制度(MBO)の目標は、本人に先に書かせるべきか、上司が先に示すべきか。
A. 組織目標の達成を主眼とするのであれば、上司が先に示すほうが機能する。本人起案を先に置くと、達成可能性を意識した低めの目標が設定されやすく、そのうえで行われる面談が修正と説得の場になり、否定的な印象を残しやすい。上司が部門目標を個人単位のマトリクスに分解して提示し、チーム全体で共有したうえで、個別面談をアクションプランの検討に充てるほうが、目標の水準も面談の質も上がる。本事例ではこの順序を運用ルールとして明文化した。
Q5. 人事制度は何年くらいで作り直す必要があるのか。
A. 等級構造そのものは5年から10年の耐用年数を持たせられるが、事業構成が変わった時点が実質的な見直し時期である。年数ではなく、事業ポートフォリオと人材要件のずれが判断基準になる。本事例では、単一事業を前提に設計された能力等級制度が、グループ会社の増加とICTソリューション事業の拡大によって実態と合わなくなったことが改定の契機であった。その後に構築した二軸構造は、2018年の稼働以降、事業構成の変化と世代交代を経て運用が続いている。
Q6. 人事制度改革は、離職率やエンゲージメントにどの程度影響するのか。
A. 制度単独の寄与を数値で切り出すことはできないが、評価の納得感に関する指標は改善が確認されやすい。評価を絶対評価に改め、等級ごとの期待行動を明文化すると、評価結果を言葉で説明できるようになるためである。本事例では、組織風土診断(エンゲージメントサーベイ)において初回調査から2回目調査にかけて全項目のスコアが上昇し、「上司からの評価に納得できる」の伸びが顕著であったこと、また2018年以降に離職率が低下したことを、同社が公表している。