行動基準と研修項目を連動させ、次世代経営層を内部から供給する育成体系
従業員単体450〜500名規模、グループ901名規模
提供サービス人材育成・教育研修
実施期間60ヶ月
支援時期2018年~2022年
対象層・対象人数取締役・執行役員・管理職
事例サマリー
背景
近畿地方に本社を置く通信建設・ICTソリューション企業(1940年代創業、支援当時 単体450〜500名規模)では、通信設備エンジニアリングを主軸とした安定的な事業環境から、ICTソリューションを主軸とする変化の速い環境へと、事業の重心が移っていた。
事業の性格が変われば、求められる人材像も変わる。真面目で確実に業務を遂行する人材から、事業環境と顧客の状況を把握して積極的に提案できる人材へ。この転換が、経営の課題として明確に認識されていた。
同社は前年に人事制度の全面改定を実施しており、そこで行動評価の基準として6項目の行動基準を定義していた。制度は行動の期待値を示すが、行動そのものを変える手段ではない。基準を示したうえで、それを実際に発揮できる状態まで引き上げる手段が必要であった。
もう1つの起点が、制度改定に先立って実施した組織風土診断(エンゲージメントサーベイ)である。中長期の課題として、新しい価値の創造、事業の社会的意義の向上、方針指示の徹底、従業員意見の反映、仕事の進め方の継続的な改善、責任の明確化といった論点が抽出されていた。いずれも管理職以上の行動に起因する課題である。
加えて、同社の研修そのものにも課題があった。管理職候補者向けの社内スクールが長く運営されていたが、毎年同じ内容を繰り返す運用に陥っており、受講者の意欲が下がっていた。前例踏襲型の改善では脱却できないという判断が、外部との協働に踏み切る契機となった。
課題(Before)
支援当時 単体450〜500名規模の同社において、人材育成には次の課題があった。
1.研修が前年踏襲型になっていた。講師や参加者が入れ替わっても内容がほぼ同じであり、新しい学びも刺激も生まれず、受講者の意欲が低下していた。
2.研修の形式が講義・講話型に偏っていた。聞くことが中心であるため、受講者が自ら分析し、判断し、発言する経験を積む場になっていなかった。
3.研修と人事制度が切り離されていた。評価で問われる行動と、研修で扱う内容が対応していないため、研修が「受けて終わり」になりやすかった。
4.研修と登用が接続していなかった。誰が次の責任を担えるのかを判断する材料が、研修の場から得られていなかった。
5.経営層・幹部層向けの体系がなかった。管理職候補までは育成の仕組みがあったが、執行役員層に対して「さらに何を学ぶべきか」を示す仕組みは社外にも社内にも乏しかった。
6.学びが講義と講義のあいだで途切れていた。次の研修までの期間に何も行われないため、知識が定着せず、実務への転換が起きなかった。
7.グループ会社との人材交流が進んでいなかった。事業領域が広がる一方で、各社の担当者同士が接点を持つ機会が限られていた。
8.事業部間の相互理解が不足していた。他事業部の状況を知らないまま議論に臨むため、全社視点での判断が育ちにくい構造にあった。
目的と設計方針
同社に対し、セレクションアンドバリエーションが設定した目的は、行動基準を実際の行動に変え、次世代の経営層を内部から供給できる状態をつくることである。設計方針は次の5点とした。
1.人事制度の行動基準と研修項目を一対一で対応させる。リーダーシップ、チャレンジ、創意工夫、顧客満足度、コミュニケーション、自己分析の6項目を軸に、各階層のプログラムを構成する。
2.階層ごとにゴールを職位で定義する。経営層向けは本部長・事業部長・統括部長としての任用と活躍、管理職向けは部長・グループ長としての任用と活躍を到達点とし、育成の目的を曖昧にしない。
3.単発ではなく連続型とする。学習と実践を1年間にわたって繰り返す構成とし、講義間には課題と課題図書を置く。
4.講義型から対話型へ転換する。受講者自身の検討と発言を促す設計とし、自社および同業他社の分析を題材とする。
5.育成を登用の判断材料に接続する。事前に多面評価を実施し、プログラム中の行動アセスメントと最終発表の結果を、選抜配置の検討に用いる。
実際に構築した制度のポイント
同社において構築した育成体系の骨格は、4階層の連続型プログラムである。
1.経営層変革プログラム(Executive Innovation Program)を新設した。対象は執行役員および同等の上位職位で、全8回・1回あたり6時間の構成である。環境変化の理解、内外環境分析、将来性と選択肢、組織変革、マーケティング、ビジネスプランニング、競争戦略を扱い、最終回で個人ごとの全社方針・中期計画を発表する。
2.リーダー層変革プログラム(Leaders Innovation Program)を新設した。対象は管理職層で、25名前後を1組として毎年新たな期を編成し、全8回・1回あたり4時間で実施した。マネジメント、ロジカルシンキング、人材育成、財務・定量分析、交渉・折衝力、プレゼンテーション、経営戦略理解を扱い、部門課題の具体化と発表で締めくくる。
3.中堅社員育成プログラム(Professional Development Program)を追加した。全4回・1回あたり4時間で、プロフェッショナルマインド、判断力・交渉力、イシューの具体化、部門課題の具体化を扱う。
4.新入社員研修を各回3時間で設計した。会社とは何か、働いて報酬を得るとはどういうことかという座学に加え、リーダーシップとチームワークをグループワークで体験する構成とした。
5.プログラム開始前に多面評価を実施した。直属上司による後任者としての評価、同僚・部下・後輩など複数名による多面評価、講義中のアセッサーによる評価という3つの視点を組み合わせ、受講者が自身の行動を客観的に把握できる状態から始める設計とした。
6.講義間にナッジメールを配置した。セレクションアンドバリエーションが商標登録している仕組みで、アンケート形式の短い設問を定期的に配信し、研修内容を振り返る機会を強制的に生み出す。講義と講義のあいだの空白を埋めることが目的である。
7.課題実践の期間を組み込んだ。経営層向けプログラムでは、自己設定したストレッチ目標の達成を1か月間の課題として課し、学習が実務の行動に転換されているかを確認できるようにした。
8.最終発表を経営に対する提案の場とした。管理職層には「自分たちが幹部になったら部署の課題をどう改善するか」を、経営層には全社方針の策定を課し、発表の内容そのものを評価材料とした。
9.プログラムの結果を選抜配置の検討に接続した。多面評価、アセスメント、最終発表の結果を整理し、後継者候補の確認と配置の検討に用いる流れを年度の運用として組み込んだ。
10.第2期以降、グループ各社へ参加を開放した。単一企業内の育成ではなく、グループ横断の育成の場として運用範囲を広げた。
11.内容を毎年改訂した。初年度の実施結果を踏まえて翌年度の構成を見直し、外部環境の変化に応じてDXやマーケティングの比重を調整するなど、同一プログラムの反復にならないよう更新を続けた。
12.受講後アンケートと個人別アセスメントレポートを毎回作成し、経営層への報告まで含めて1つの運用サイクルとした。
導入後の変化
1.受講者の評価が高い水準で安定した。2018年から2020年に実施した各回の受講後アンケートでは、経営層向けプログラムについて、業務に「役に立つ」が82.8%、「やや役に立つ」が14.2%であった。管理職向けプログラムでも「役に立つ」83.2%、「やや役に立つ」14.4%と同水準である。実例をもとにした題材設定と、討議中心の進行が、実務との距離を縮めていた。
2.気づきの発生率が高い。「研修を通して気づき・学び・自身の課題があったか」という設問に対し、「あった」と回答した割合は経営層向けで96.1%、管理職向けで96.7%であった。知識の伝達ではなく、自分の行動を見直す設計としたことが、この数値に表れている。
3.内容の理解度も確保された。理解度について「理解できた」「やや理解できた」の合計は、経営層向けで95.7%、管理職向けで97.3%である。連続型としたことで前回の内容を前提に議論を積み上げられたことが、難度の高い題材でも理解が保たれた条件となっている。
4.経営層への登用が発生した。経営層向けプログラムの受講者のうち複数名が、その後に経営層へ登用されている。多面評価と最終発表を選抜配置の検討材料として運用したため、育成の場が同時に見極めの場として機能していた。
5.階層間の接続が生まれた。管理職向けプログラムの受講者のうち5割から6割が、翌年度に経営層向けプログラムの対象となっている。階層別のプログラムが独立した研修ではなく、段階的な育成の経路として運用されている状態である。
6.横のつながりが強化された。第2期以降にグループ各社からの参加が加わったことで、各社と本体の担当者同士が直接情報を共有するようになったという声が寄せられている。最終発表においては、グループ協業に関する提案が数多くのぼった。
7.受講者の行動と組織内の関係性に変化が現れた。上司から「良い意味で生意気になった」と言われるようになった、経営層と話がしやすくなった、研修後の会話が抽象的な不満から改善の議論へ変わった、といった受講者自身の記述が複数得られている。前例踏襲の姿勢から、自分の意見を持って発言する姿勢への転換が、行動の水準で観察されている。
人材育成の成否は、研修を実施したかどうかではなく、そこで育った人に実際の役割が与えられたかどうかで決まる。セレクションアンドバリエーションが設計した階層別の連続型プログラムは、人事制度の行動基準と選抜配置の検討に接続されることで、同社において次世代の経営層を内部から供給する経路として運用され続けている。
本プロジェクトの特徴
本案件の中心にあるのは、研修を単体の施策として設計しなかったという判断である。
1.企業価値への貢献はなにか。事業の重心が移った企業にとって、最大の制約は制度でも資金でもなく、新しい事業を率いられる人材の数である。外部から招くこともできるが、既存事業の文脈を理解した人材を内部から供給できるかどうかが、転換の速度を決める。次世代経営層の内部供給経路を持つこと自体が、企業価値への貢献である。
2.本案件ではどう判断したか。研修項目を、前年の人事制度改定で定義した6項目の行動基準に一対一で対応させた。さらに、事前の多面評価、プログラム中の行動アセスメント、最終発表の結果を、選抜配置の検討材料として年度運用に組み込んだ。研修を人事制度と登用の両方に接続する設計である。
3.その判断の根拠。研修が人事制度から切り離されていると、評価で指摘された行動と研修で扱う内容が対応せず、受講者は両者を別の話として受け取る。行動基準と研修項目を一致させれば、評価で問われた行動が研修で扱われ、研修で伸びた行動が評価で拾われる循環が生まれる。加えて、育成と登用が接続していなければ、受講者は研修を「業務の合間の負担」と認識する。学びが役割の変化につながる経路が見えているかどうかが、出席率と本気度を分ける。
4.講義型から対話型への転換も、意図的な判断である。同社ではそれまで講義・講話型の研修が主流であり、受講者は聞く姿勢に慣れていた。前例踏襲から脱するという目的に照らせば、内容を新しくするだけでは足りない。自ら分析し、他部門の相手と議論し、経営に対して提案する経験そのものが、目的とする行動の練習になる。
5.講義間の空白を放置しないことも設計の一部とした。研修は当日の6時間より、そのあいだの1か月をどう扱うかで定着が変わる。ナッジメールによる定期的な問いかけと、講義間課題・課題図書の設定によって、学習が途切れない状態をつくった。
担当コンサルタント: 平康 慶浩
研修のご依頼をいただいたとき、まず確認したのは、育った人に役割を与える意思が経営にあるかどうかでした。そこが曖昧なままでは、どれだけ良い内容でも受講者は本気になりません。この会社は、その点を明確にお持ちでした。だからこそ、多面評価と最終発表を選抜配置の検討につなぐ設計まで踏み込めたのだと思います。
よくあるご質問
A. 最大の利点は、学習と実践を往復させられることである。単発の研修は知識の提供で完結するため、実務の行動が変わったかどうかを確認する機会がない。連続型であれば、前回の内容を前提に議論を積み上げられ、講義間の課題によって実務での適用状況を確認できる。本事例では全8回の構成とし、講義間に課題と課題図書を置いたうえで、1か月間のストレッチ目標達成を課題実践として組み込んだ。
Q2. なぜ外部のビジネススクールへの派遣ではなく、自社専用の連続型プログラムを設計したのか。
A. 汎用の幹部教育では、自社の行動基準と接続できないためである。外部派遣は体系的な知識の獲得には有効だが、受講者が持ち帰った知識を評価や登用の判断に結びつける経路がなく、個人の学びで終わりやすい。また、他社の受講者との議論は視野を広げる一方で、自社の事業構成や他部門の実情を理解する機会にはならない。本事例では、人事制度で定義した6項目の行動基準に研修項目を対応させ、題材を自社と同業他社の分析としたうえで、多面評価と選抜配置の検討に接続する設計とした。
Q3. 階層別研修は、経営層から始めるべきか、管理職層から始めるべきか。
A. 行動変革を目的とするのであれば、経営層と管理職層を同時に始めるべきである。管理職層だけを対象にすると、受講者が学んだ行動を実践しようとしたときに、上位者の判断基準が変わっていないため押し戻される。逆に経営層だけでは、方針が現場の行動に届かない。本事例では初年度から経営層向けと管理職層向けを並行して立ち上げ、中堅層向けはその後に追加した。
Q4. 研修の効果を持続させるために、講義と講義のあいだに何をすべきか。
A. 振り返りの機会を、受講者の自主性に委ねずに仕組みとして設けることである。研修当日の理解度がどれだけ高くても、次の講義までの数週間に何も行われなければ、知識は実務の行動に転換されない。本事例では、アンケート形式の短い設問を定期配信するナッジメールを講義間に配置し、あわせて講義間課題と課題図書を設定した。受講者からは、この仕組みによって復習が習慣化したという評価が得られている。
Q5. 幹部育成プログラムは、何年続ければ成果が出るのか。
A. 受講者の意識変化は初年度から現れるが、登用として成果が見えるまでには複数年が必要である。1期の受講者が役割の変化を得て、それを見た次の層が参加する、という循環が成立して初めて、育成が経路として機能する。本事例では、2018年に第1期を開始し、以降は毎年新たな期を編成する運用としており、管理職向けプログラムの受講者のうち5割から6割が翌年度に経営層向けプログラムの対象となる接続が生まれている。
Q6. 研修の効果はどのように測ればよいのか。
A. 受講後アンケートによる反応の測定と、登用・配置という行動の測定を、分けて設計することが望ましい。アンケートは満足度に偏りやすいため、「業務にどの程度役立ちそうか」「気づき・学び・自身の課題があったか」といった、実務への転換可能性を問う設問を含める必要がある。そのうえで、受講者がその後どの役割に就いたかを追跡する。本事例では、アンケートで役立ち度と気づきの有無を毎回測定し、あわせて多面評価と最終発表の結果を選抜配置の検討材料として運用した。