新入社員の早期戦力化と管理職の育成力向上を一体で設計した階層別研修
設立1950年代
従業員約600名
売上非公開
提供サービス教育研修
実施期間36ヶ月
支援時期2019年~2021年
対象層・対象人数管理職・新人
事例サマリー
背景
近畿地方に本社を置くテレビ放送局グループ(放送事業を中核とする関係会社6社、従業員600名規模)では、放送・制作・技術・営業と職種が多岐にわたり、それぞれが専門性の高い職務で構成されている。
放送業界は、動画配信サービスの拡大と広告市場の構造変化に直面していた。制作・技術の専門人材は業界内外からの需要が高く、育成した人材が他社へ流出する可能性が構造的に存在する。
こうした事業環境のもとで、グループ各社に共通する経営課題として「人材確保」が挙がった。採用そのものよりも、採用した人材を定着させ、専門性を伸ばす仕組みが不足しているという認識である。
そこで、育成の担い手である管理職層の強化と、入口である新入社員の立ち上がり支援を、同時に着手すべき領域と位置づけた。
課題(Before)
管理職70〜80名を擁するグループにおいて、支援開始前に確認された課題は次のとおりである。
1.有能な部下の離職が、各社に共通する懸念となっていた。専門性の高い職種ほど代替要員の確保が難しく、1名の離職が番組制作や技術運用の体制に直接影響する。
2.離職の防止が、個々の管理職の経験と人柄に依存していた。部下との関係構築が属人的であるため、管理職が交代すると部署の定着状況も変動する。
3.管理職自身のキャリアの見通しが描けていなかった。自らの将来像を持たない管理職が、部下の将来を語ることは難しい。
4.会社が管理職に何を期待しているかが、本人に十分に伝わっていなかった。期待と自己認識のずれは、努力の方向を誤らせる。
5.部下育成の手法が、指示と教示に偏っていた。答えを与える関わり方は短期的には効率がよいが、自ら考えて動く人材は育たない。
6.グループ6社の間で、管理職に求める水準に差があった。共通の基準がなければ、グループ全体としての底上げは進まない。
7.新入社員が、学生としての意識のまま配属を迎えていた。「選ばれた学生」という自己認識が残ると、組織の一員としての行動に切り替わらない。
8.配属直後に必要となる基礎行動が、現場任せになっていた。報告・連絡・相談の型を持たないまま実務に入ると、上司の信頼を得るまでに時間がかかる。
9.入社後の負荷に対する耐性に、個人差が大きかった。ストレスの受け止め方を学ぶ機会がなければ、初期の離職リスクが高まる。
目的と設計方針
グループ6社の管理職と新入社員に対し、セレクションアンドバリエーションが設定した目的は「人材の定着を、個人の資質ではなく仕組みで支えること」である。研修を単発の知識提供として設計しない方針を最初に置いた。
管理職研修については、目的を2点に絞った。第1に、部下のマネジメントスキルの向上。第2に、管理職自身のキャリアプランの明確化である。この2つを同一のプログラムに入れたことには理由がある。
離職の主たる要因は、日常的に接する近い距離の人間関係にある。したがって管理職のコミュニケーション能力の向上は、そのまま定着施策になる。一方で、自らの将来像を持たない管理職は、部下の成長支援に動機を持ちにくい。自身への関与と部下への関与は、切り離すと機能しない。
新入社員研修については、配属先で直ちに機能する状態をつくることを目的とした。知識の網羅ではなく、行動の変化を指標とした。
設計方針は3点である。第1に、講義ではなくワークを主体とし、受講者が自ら考える時間を確保する。第2に、入社直後・配属後・入社半年後と時期を分け、その時点で必要な内容だけを扱う。第3に、研修終了後の復習を仕組みとして組み込む。
実際に構築した制度のポイント
管理職研修と新入社員研修の骨格は、次の要素で構成した。
1.管理職研修の前半に、キャリアの棚卸しを置いた。これまでの経験を時系列で整理し、自身が成長した局面と強みを言語化する。過去の事実から出発することで、将来像が願望ではなく根拠を持つものになる。
2.理想像と現状のギャップを可視化する構成とした。理想のリーダー像を先に定義し、チェックシートで現状を把握したうえで、その差を課題として設定する。差に気づくこと自体が成長の起点になるためである。
3.研修に先立ち、受講者の上司から期待を提出してもらう仕組みを組み込んだ。会社からの期待と本人の自己認識のずれを研修の場で確認できるようにし、上司を研修の外部に置かない構造とした。
4.部下マネジメントの中核にコーチングを据えた。傾聴の技術、質問の技術、承認の技術の3領域を、それぞれミニ演習で体得する構成とし、最後にコーチングフローに沿った総合演習を行った。教示との違いを明確に扱い、使い分けの判断まで持ち帰れるようにした。
5.新入社員研修は、入社直後の集中プログラムから始めた。会社で働くことの意味、利害関係者と経営資源の理解、コンプライアンス意識、能力の5段階といったビジネスマインドを扱い、学生から社会人への意識転換を最初に済ませる構成とした。
6.同じ日程にストレスコントロールを組み込んだ。ストレスのない仕事は存在しないという前提に立ち、気分転換や気合いではなく、働く意義から自分を支える考え方を扱った。
7.報告・連絡・相談を、独立した領域として設計した。定義の理解にとどめず、事前準備・話し方・上司の時間の取り方まで含めた実践形式とし、配属初日から使える型として提供した。
8.チームで働くための行動を扱った。コミュニケーションの3要素、依頼と命令の違い、感謝の伝え方、意見と愚痴の使い分けなど、日常の所作に落ちる粒度で構成した。
9.配属後のプログラムでは、影響力の発揮を主題とした。自分の考えを組織に受け入れてもらうための実践的な技術を、演習を重ねて習得する構成とした。
10.入社半年後に、振り返りと優先順位付けのプログラムを置いた。半年間の総括を行ったうえで、事実と意見の区別、相手の話の要点の捉え方、トレードオフ思考を扱い、インバスケット演習で判断力を確認した。
11.2021年度は、前年度の実施結果を踏まえて構成を改めた。報告・連絡・相談をチームワークの回に統合し、空いた時間で論理的思考を新設した。伝える技術の前提として、考える技術が必要と判断したためである。
【移行と浸透】
12.研修後の記憶の減衰に対して、定着の仕組みを設けた。週1回のリマインドメールを送付し、当月に学んだ内容を10分以内で回答できる設問として提示する形式である。復習の必要性を説くのではなく、復習に着手する障壁を下げることを狙った。
13.業務の合間に受講できる45分単位の分割型プログラムも設計した。半日や終日の研修時間を確保しにくい部門に対し、マインドセット・人間関係のスキル・評価と役割の3テーマを短時間で分割提供する構成である。
導入後の変化
1.支援の対象が拡張した。2019年度はグループ6社の管理職層のみを対象としていたが、2020年度・2021年度は新入社員へと対象が広がった。育てる側への働きかけが先行し、育つ側の施策がそれに続く形で構成されている。
2.年度の途中で研修が追加された。2020年度は当初、入社直後と配属後の2段階で設計されていたが、年度内に入社半年後のプログラムが追加された。新入社員の状況を踏まえて必要な支援時期が判断されたことを示している。
3.プログラムの構成が年度ごとに更新された。2021年度は前年度の内容をそのまま繰り返さず、報告・連絡・相談を統合して論理的思考を新設している。教材の再利用ではなく、その年度の受講者に必要な内容を選び直す運用が定着した。
4.研修当日以外の時間に、施策が及ぶようになった。リマインドメールの導入により、受講から次回までの期間が空白ではなくなった。研修の効果を当日の満足度で測る発想から、その後の行動で測る発想へと軸が移っている。
5.管理職と新入社員が、共通の言語を持つようになった。傾聴・質問・承認という関わり方を管理職が学び、報告・連絡・相談の型を新入社員が学ぶことで、同じ場面を双方の側から捉える基盤ができた。
教育研修は、実施した回数ではなく、翌年度も必要とされたかどうかで評価される。セレクションアンドバリエーションが設計した階層別のプログラムは、対象層と実施時期を組み替えながら、複数年度にわたって継続している。
本プロジェクトの特徴
【企業価値への貢献はなにか】
放送事業において、番組制作・技術運用の品質は人材の専門性に直結する。専門人材の流出は、そのまま提供価値の低下につながる。したがって定着は福利厚生の論点ではなく、事業継続の論点である。
【本案件ではどう判断したか】
1.管理職研修と新入社員研修を、別々の依頼として扱わなかった。離職が起きる場面は上司と部下の間にあるため、片側だけを訓練しても効果は限定される。育てる側と育つ側の双方に同じ時期に働きかけることを選んだ。
2.管理職研修に、自身のキャリアを考える時間を半日分確保した。部下育成の技術だけを扱うほうが研修としては効率的だが、それでは受講者にとって「業務命令として受ける研修」にとどまる。自分の将来を考える時間があることで、当事者として受講する構造をつくった。
3.新入社員研修を、入社直後にまとめて実施しなかった。入社時に必要な内容と、配属1か月後に必要な内容と、半年後に必要な内容は異なる。一度に詰め込めば記憶に残らず、時期を分ければその都度実務と接続する。研修日数の合計は変えずに、配置を変えた。
4.研修の効果測定を、当日の理解度に置かなかった。記憶は復習しなければ短期間で減衰する。そのため、研修設計と同時に研修後の接触設計を行い、週次のリマインドを仕組みとして組み込んだ。
【その判断の根拠】
離職の要因は、給与水準や制度よりも、身近な人間関係に起因することが多い。制度改革ではなく研修を選んだ判断も、この認識に基づく。管理職一人ひとりの関わり方が変われば、制度を変えずに定着は動く。ただしその変化は放置すれば元に戻るため、年度ごとの実施と研修後の接触を、設計の一部として組み込む必要があった。
担当コンサルタント: 松木 宏晃
最も判断を要したのは、研修をどこで区切るかという点でした。新入社員研修は入社直後にまとめるのが一般的ですが、そこで扱える内容は限られます。配属前の方に優先順位を教えても、判断する材料がまだ手元にないからです。そこで日数の合計は変えず、入社直後・配属後・半年後の3つに分けました。研修は受けた瞬間ではなく、現場で思い出せたときに効果が出ると考えています。
よくあるご質問
時期を分けたほうがよい。入社直後に必要なのは意識の転換と基礎行動であり、判断や優先順位付けは実務を経験した後でなければ自分の問題として受け止められないためである。同じ内容を扱っても、実務経験の有無で定着度は大きく変わる。本事例では、入社直後・配属後・入社半年後の3段階に分け、各時点で必要な内容のみを扱う構成とした。
Q2. なぜeラーニングによる知識提供ではなく、ワーク主体の集合研修を選んだのか。
行動の変化を目的としたためである。知識の伝達だけであれば動画配信のほうが効率的だが、報告の仕方や部下への問いかけ方は、実際に口に出して他者の反応を受け取らなければ身につかない。本事例では、コミュニケーション、報告・連絡・相談、コーチングのいずれもミニ演習を挟む構成とし、講義時間よりも受講者が話す時間を確保した。
Q3. 管理職研修で、部下マネジメントと本人のキャリアを同時に扱う意味はあるのか。
ある。自らの将来像を持たない管理職は、部下の成長支援に動機を持ちにくいためである。部下育成の技術だけを教えると、研修は業務命令の消化として受け止められる。本事例では、キャリアの棚卸しと将来像の策定を前半に置き、その延長線上に部下マネジメントを配置することで、受講者が当事者として参加する構造をつくった。
Q4. 研修の内容を現場で使ってもらうために、何が必要か。
研修後の接触設計である。学習内容は復習しなければ短期間で大きく減衰し、受講者の側は「どこを、どれだけ復習すればよいか」が分からないまま時間が過ぎる。本事例では、週1回のリマインドメールを送付し、10分以内に回答できる設問として当月の学習内容を提示した。復習の重要性を説くのではなく、着手の障壁を下げる方法を選んでいる。
Q5. 教育研修は、若手の定着にどの程度影響するのか。
研修単独で定着率を左右するとは言えない。離職は処遇、業務内容、上司との関係、業界動向など複数の要因が重なって生じるためである。ただし、身近な上司との関係が要因として大きいことは繰り返し指摘されており、管理職の関わり方に働きかける施策は、そこに直接届く数少ない手段である。本事例では、管理職への研修と新入社員への研修を同時期に実施し、双方の行動が噛み合う状態をつくることを狙った。
Q6. 研修プログラムは、毎年同じ内容を繰り返してよいのか。
見直しを前提とすべきである。研修の効果は内容の完成度だけでなく、受講者の状態と職場環境に左右されるためである。前年度に有効だった構成が、翌年度の入社者に同じように機能するとは限らない。本事例では、実施結果を踏まえて年度ごとに構成を改め、報告・連絡・相談を他のテーマに統合したうえで、論理的思考を新たに加える判断を行った。