単線の等級体系を専門職基軸の複線型へ組み替えた映像制作業の人事制度改革
設立1970年代
従業員約260名
売上非公開
提供サービス人事制度設計
実施期間12ヶ月
支援時期2023年~2024年
対象層・対象人数全社
事例サマリー
背景
テレビ番組の企画・制作から撮影・技術、編集・音響効果・MAまでを一貫して担う同社は、近畿地方に本社を置く映像制作会社である。2011年に関連する複数社が統合して現在の体制となり、企画から仕上げまでをワンストップで提供できる総合プロダクションとして事業を拡張してきた。
事業環境は大きく動いていた。地上波のリアルタイム視聴が減少する一方で、配信サービスや動画領域を通じて映像コンテンツに接する時間はむしろ増えている。放送で培った制作力を、放送以外の領域へどう展開するかが経営課題となっていた。
その転換を担うのは人である。ところが人事制度は、統合当時に複数社の処遇を揃えるために構築されたものであり、統合後の環境変化を織り込んでいなかった。制度は整合性を確保する目的では機能していたが、能力の向上と発揮を促す目的では機能していなかった。
課題(Before)
従業員250〜300名規模の同社において、経営陣と各部門長への確認を通じて特定した課題は、次の8点である。
1.現行制度が、複数社統合時の整合性確保を目的として構築されたものだった。統合を成立させるための制度と、成長を促すための制度は設計思想が異なる。前者のまま運用を続けると、環境変化に対して制度が中立的にしか働かない。
2.年功的な昇給を基本とする仕組みが残っていた。個人の発揮度と無関係に人件費が積み上がるため、原資を成長領域や高発揮者へ再配分する余地が年々失われていた。
3.各種手当が配置ごとに細かく設定されていた一方、その設定根拠が不明確だった。説明できない処遇差は、金額の多寡にかかわらず納得感を損なう。
4.管理職の配置が硬直化していた。ポストの数が処遇の上限を規定するため、専門性を高めても報われる範囲が限られていた。
5.カメラマンや編集スタッフをはじめとするプレイヤー志向の人材が多く、管理職への登用を避ける風潮があった。加えて、一度管理職になると離脱が難しかった。マネジメントが「戻れない片道の役割」である限り、志願者は増えない。
6.若手の昇進速度に課題があった。早期に力を発揮する人材ほど、制度上の処遇が実力に追いつかない。専門技能が労働市場で評価される業種では、この遅れが直接に流出リスクとなる。
7.60歳以降の役割期待と処遇の枠組みが整備されていなかった。熟練者の技能が承継される経路が、制度として用意されていなかった。
8.裁量労働や変形労働時間の運用と、各種手当の設計が接続していなかった。働き方の柔軟性を高めるほど、割増賃金の見合い部分をどう扱うかが法対応上の論点として残る。
目的と設計方針
同社に対し、セレクションアンドバリエーションが設定した目的は、映像制作会社としての地位確立と成長を人事の側から下支えすることである。制度の整備そのものを目的とせず、経営戦略を実現できる人材構成へ組織を寄せていくことを到達点に置いた。
出発点として、求める人材像を2つに絞り込んだ。1つは、単一の専門領域に特化し、高い専門性を発揮できる人材である。もう1つは、複数の専門領域に習熟し、新たな事業を創出できる人材である。この2類型を先に定義したことで、等級・評価・報酬の各要素が何を促すための仕組みなのかが一本の線でつながった。
設計方針は3つとした。第1に、持続可能な仕組みとすること。人件費が自然増する構造を断ち、発揮度に応じて配分できる形に改めることを指す。第2に、能力の向上と活躍を志向すること。第3に、働き方の多様化に対応することである。
方針の策定にあたっては、経営層の意向だけでなく、社員インタビューと社内アンケート調査を実施した。経営が描く方向と現場が抱く実感の双方を突き合わせたうえで改定方針を確定させている。
実際に構築した制度のポイント
同社において構築した制度の骨格は、10段階の専門職等級を基軸とし、マネジメントを別系統の等級として切り出したことにある。
【等級制度】
1.専門職等級を10段階で設計した。基礎等級、専門性習熟等級、専門性拡大等級、高度専門性発揮等級の4層に整理し、各等級に期待する役割を定義として明文化した。専門性を高め続けることで、管理職を経由せずに上位等級へ進める経路を制度として確保している。
2.マネジメント等級を専門職等級から分離した。従来は複数存在した役職呼称を3区分に統合し、それぞれの期待役割を定義した。上位2区分は専任を基本とし、その下の区分は専門職との兼任を基本としている。
3.マネジメント等級を離れる場合の再格付けルールを、あらかじめ制度に組み込んだ。管理職を片道の役割から、付け外しができる役割へ変えることが目的である。第5章の5点目に挙げた課題に対する直接の回答にあたる。
4.昇格判断の基準を等級帯ごとに明文化した。行動評価と目標管理制度の結果に基づく通常昇格の要件に加え、単年度の高評価による抜擢の枠を別に設けている。
5.降格については、期中の面談時点で可能性と理由を本人に伝え、猶予期間を置いたうえで期末に判断する手順とした。降格を制裁ではなく改善機会の提示として運用するための設計である。
【評価制度】
6.評価を行動評価と目標管理制度の二軸で構成した。総合評価への反映ウエイトは等級ごとに変え、下位等級ほど行動評価を重く、上位等級ほど目標管理制度を重く設定している。等級によって「何で評価されるか」が変わることを、ウエイトで表現した。
7.コンピテンシーディクショナリを整備した。専門性、採算性・コスト、目標達成行動、人材育成、チームワーク、社内外との関係構築、組織運営の各項目について、等級ごとの行動レベルと評価ウエイトを定めている。
8.マネジメント等級では、統括する組織目標に紐づく個人目標を設定する形とした。あわせて目標の難易度判定を導入し、判定区分を3段階に簡素化している。難易度の刻みを細かくするほど、評価者間のばらつきが大きくなるためである。
9.1on1ミーティングを制度化した。期初・期中・期末の面談に加え、期中に複数回の1on1を組み込み、実施時期と時間の目安を制度側で定めている。
【報酬制度】
10.等級ごとに賃金レンジを設定するレンジレートへ移行した。昇給ピッチはレンジの中位を超えた時点で縮小する設計とし、同一等級内に滞留するより上位等級を目指すほうが有利になる構造とした。
11.役職手当を新設した。マネジメント役割に対する対価を基本給から切り離すことで、役割の付け外しに処遇を追随させられるようにしている。マネジメント等級については、基本給と役職手当を織り込んだ年俸制とした。
12.賞与は、固定支給部分の一部を基本給へ振り替えて基本給水準を引き上げたうえで、業績連動部分に個人の評価結果に応じた係数を反映する形へ改めた。
13.各種手当を再整理した。職種ごとの割増賃金見合い時間数を見直し、付加休日相当分を手当から分離して実績支給へ切り替えている。
【移行と浸透】
14.手当の見直しによって月例給が下がる社員に対しては、複数年にわたる調整給を設定し、移行時点の月額給を補償した。制度の正しさよりも、移行の痛みを誰がどう引き受けるかのほうが、浸透の可否を左右する。
15.新制度の説明会と評価者研修を実施した。等級定義と評価基準は、評価者が同じ解像度で読めなければ運用に乗らないためである。
導入後の変化
1.設計した報酬体系が、社内運用にとどまらず採用市場への提示条件になっている。自社採用サイトおよび求人媒体には、等級に応じた基本給レンジと職種別の割増賃金見合い手当を組み合わせた月例給の構成、年1回の給与改定、年2回の賞与が明示されている。制度を対外的に説明できる形で提示できるのは、等級と賃金レンジの対応関係が定まっているためである。
2.職種と役割による働き方の線引きが維持されている。専門業務型裁量労働制の適用範囲が、制作職のうち一定の役割以上と、音響効果・MAの担当者に限定されることが採用情報上で明示されている。手当の設計と就業区分を一体で整理したことが、対外的に説明可能な状態で残っている。
3.新卒採用と経験者採用がいずれも継続している。職種別に募集を行う採用方式は、専門職等級を基軸とする等級体系と接続しやすい。入社後にどの等級から何を期待されるかを、募集段階で示せる構造になっている。
4.組織規模が維持されている。2026年7月時点の従業員数は260名台であり、支援当時と同じ250〜300名の規模帯にある。人員の入れ替わりが激しい業種において、規模を保っていること自体が一つの事実である。
5.事業領域が放送外へ広がっている。テレビ番組の制作に加え、動画配信領域での発信にも取り組んでいることが、自社の採用情報上で示されている。専門職等級を軸に据えた等級体系は、担当する媒体が変わっても等級定義を書き換えずに済む。
人事制度は、導入時点の完成度ではなく、その後に自社で使い続けられているかどうかで評価される。セレクションアンドバリエーションが設計した等級・評価・報酬の骨格は、同社において、採用条件の提示から日々の評価運用に至るまで、対外的にも社内的にも使われる形で運用されている。
本プロジェクトの特徴
本案件の企業価値への貢献は、専門人材の定着と技能承継にある。映像制作業では、収益を生むのは専門技能そのものであり、その担い手が労働市場で個別に評価される。処遇の上限が管理職ポストの数で決まる構造を放置すれば、専門性を高めた人材から先に外へ出ていく。
そこで本案件では、管理職を頂点とする単線の等級体系を採らず、専門職等級を基軸に据えた。マネジメントは上位の身分ではなく、必要に応じて付け外しする役割として定義した。処遇の主軸を専門性の水準に置き、マネジメント役割に対しては手当で報いる構成である。
この判断の根拠は3つある。第1に、プレイヤー志向の人材が多い組織で管理職登用を処遇改善の唯一の経路にすると、登用が「昇進」ではなく「専門性の放棄」として受け止められる。第2に、片道の役割であるほど任用の意思決定が慎重になり、結果として配置が硬直化する。第3に、専門職等級を10段階に細分化しておけば、上位ポストの空きを待たずに処遇を動かせる。
もう1つの特徴は、進め方にある。経営陣だけでなく各部門長にも継続的に参加を求め、部門長ミーティングを複数回実施した。制度案を提示して意見を求めるのではなく、部門長が自部署のメンバーに対して抱いている期待を先に引き出し、それを等級定義と行動基準へ翻訳する順序をとっている。
担当コンサルタント: 山田 沙樹
最も判断を要したのは、管理職を等級の頂点に置くかどうかでした。一般的な設計では管理職を上位に置きますが、専門技能が収益の源泉である組織でそれを行うと、専門性を高めた方から順に処遇の天井に突き当たります。そこで専門職等級を基軸とし、マネジメントは付け外しできる役割として切り出す形をご提案しました。決定されたのは経営の皆様ですが、この構造は業界を問わず有効だと考えています。
よくあるご質問
管理職を等級の頂点に置かない設計を検討すべきである。専門技能が収益に直結する組織では、管理職登用が処遇改善の唯一の経路になっていると、登用が専門性の放棄として受け止められる。専門職の等級を十分な段数で用意し、そのうえでマネジメントを別系統の役割として定義すると、両者を並列に扱える。本事例では専門職等級を10段階で設計し、マネジメント等級を分離したうえで、役職手当によりマネジメント役割に報いる構成とした。
Q2. なぜ職務等級制度(ジョブ型)ではなく、複線型の行動等級を選んだのか。
職務の輪郭が案件ごとに変わる業種では、職務等級制度の維持コストが便益を上回るためである。職務等級制度は、職務の内容と大きさが安定していることを前提に成り立つ。番組や案件ごとに担当範囲が組み替わる制作現場では、職務記述書の改訂が恒常的に発生し、制度が実態に追いつかない。本事例では、担当職務ではなく発揮している行動の水準で等級を定義する行動等級を採用し、そのうえでマネジメント役割を別系統に切り出す複線型とした。
Q3. 管理職から専門職へ戻れる仕組みを作ると、組織の緊張感が失われないか。
失われない。むしろ、戻れないことを前提にした任用のほうが慎重になり、配置が硬直化する。離脱の経路を制度に明記しておくと、適性が合わなかった場合の是正が可能になるため、任用の意思決定を早く行える。重要なのは、離脱時の再格付けルールをあらかじめ定めておくことである。運用が始まってから個別に判断すると、そのつど例外が生まれ、制度への信頼が失われる。
Q4. 割増賃金の定額見合い手当を見直す際、社員の不利益変更をどう扱うべきか。
移行期間を設け、調整給によって移行時点の月額給を補償する方法が一般的である。定額見合い手当の見直しは、対象者の月例給に直接影響するため、制度の合理性だけでは受け入れられない。補償の期間と減額の道筋を先に示し、その間に基本給の水準そのものを引き上げることで、最終的な着地点を説明できる状態にしておく。本事例では複数年の調整給を設定し、あわせて賞与の固定部分の一部を基本給へ振り替えている。
Q5. 合併や統合を経てできた会社の人事制度は、いつ見直すべきか。
統合時の制度が果たすべき役割を終えた時点である。統合時の人事制度は、複数社の処遇を揃えて不公平感を抑えることを主目的として設計される。この目的は統合の完了とともに達成されるが、制度自体は残るため、成長を促す仕組みへの切り替えが後回しになりやすい。等級制度の耐用年数は一般に5年から10年とされるが、統合を目的とした制度については、統合後の事業構成が固まった段階で改めて設計思想から見直すことが望ましい。