文:平康 慶浩(セレクションアンドバリエーション株式会社 代表・人事コンサルタント)
「うちの会社で、ゼネラリストってもう出世できないんでしょうか?」
人事コンサルティングのクライアントや、経営大学院の受講生からの相談として、たびたび尋ねられる問いです。
相談してこられる方に偏った属性はありません。
部長クラスの経営幹部から、30代の主任、はたまた新任の人事担当者まで、立場も会社規模もさまざまです。
けれど、皆が同じ方向を見て、相談されるのです。ジョブ型時代のキャリア観に揺さぶられ、自分の「これからの選択」を確かめようとしているのだと、感じます。
私はこれまで、人事制度改革を専門にしながら、数百社の組織に向き合ってきました。
その中でひしひしと感じてきたのは、「従来型ゼネラリストが置かれる環境が、確実に変わり始めている」という現実です。
ただ、その話は単純ではありません。
「ゼネラリストは終わり」で片付くほど、現場のキャリアの物語は薄っぺらくない。
むしろ私は、そこに“新しい現実”と“新しい可能性”の両方が存在していると考えています。
ゼネラリストの立場が揺らぎ始めた7つの変化 ― 私が目撃してきた現場のリアリティ
確かに多くの企業で、営業でも経理でもITでも、それぞれの部署内で経験を積み、スキルを高め、成果を出してきた人が出世しています。時には、外部からの中途採用者がそれぞれのポストにあてはめられることも増えています。
その一方で、「社内で多くの人に慕われている」とか「あの人に頼めばなんとかしてくれる」といった組織課題解決において万能な人が、便利使いされるだけになりつつあるように感じています。
では、なぜ「組織内万能型」のゼネラリストが出世しづらくなっているのでしょう。
私はその理由を「7つの環境変化」として整理しています。
1つ目は、最適人材を「外から入れる」前提が整ったこと。
かつて日本企業は、「役職者は内部で育てるもの」でした。
しかしジョブ型化の波は、これを根底から揺るがしています。
採用市場をみれば、事業会社もスタートアップも、「ポストに必要な専門性や成果を上げた実績ある人」を外部からダイレクトに登用することが普通になりました。
その結果、内部でのローテーションでゆっくりと経験を積ませる必要が、必ずしもなくなったのです。
これは、内部ゼネラリストの価値が減ったというよりも、競争のステージが外部まで広がった、ということです。
2つ目は、企業特殊能力の重要性が揺らいだこと。
これまで日本企業の強みであった「企業特殊能力」は、長期雇用と内部育成のなかで積み上がるものでした。
ここでいう企業特殊能力とは、「社内で多くの人に慕われている」とか「あの人に頼めばなんとかしてくれる」という万能感。経営学では、know-who情報と言ったり、トランザクティブ・メモリーと言ったりします。それらは確かに重要な要素です。
しかし今、事業モデルが高速で変化するなかで、組織内に限定した企業特殊能力の価値は、企業によって大きく異なるようになりました。
つまり、「この会社だからこそ通用するスキル」が、以前ほど普遍的に評価されなくなったのです。
3つ目は、生成AIの登場。
これは私自身、この2年で強烈に実感した変化です。
AIが仕事の「表層」を一気に効率化した結果、求められる価値は「深い専門性から意味のある問いを立てられること」へとシフトしました。
「知っていること」が価値の中心だったゼネラリストより、専門性に基づいて判断できる人材が強い。
これはAIが進化するほど加速する傾向です。
4つ目は、職務記述書(JD)の整備によって、「曖昧な仕事」が減ってきたこと。
日本においていわゆるジョブ型人事制度が広がる際に、ビジネスにおいては誰が責任を持つべきかがあいまいな中間的な仕事があるから、必ずしもジョブ型は広がらない、という意見がありました。
けれどもそんなことはジョブ型が前提のアメリカでも当然考えられてきています。そういうあいまいな部分を飲み込む形で、緩やかなJDの定義も広がっていきました。
あいまいなんだけれども、誰もがやるべきこと、という区分だってあります。
そういったJDが定着すると、結果として、専門性ある人たちが、あいまいな領域にも責任を持つようになりました。
結果として、あいまいな部分だけに対応してきた、浅い意味でのゼネラリストの活躍する余地がどんどん小さくなったのです。
5つ目は、ステークホルダーの要求水準が上がったこと。
企業経営における説明責任は高度化し、意思決定の根拠には専門知識が求められます。
「経験で語る管理職」だけでは組織が回らない。
そんな場面が確実に増えています。
6つ目は、プロダクト・サービスの複雑化。
製造業ですらソフトウェア化し、流通・小売・サービス業でもデータ分析が欠かせなくなりました。
複雑な事業を理解し、競争優位をつくるには、表層の知識だけでは足りません。
深い専門知識を基にしたマネジメントが必須です。
7つ目は、キャリアパスの分岐化。
管理職になるために“なんとなく”経験を積む時代は終わり、専門職・管理職など、キャリアパスが分岐しています。
浅く広くのゼネラリストが真っ先に評価されなくなる構造が生まれました。
とはいえ、ゼネラリストが強い企業もある ― アンチテーゼの現場
ただ、ここまで述べた変化がすべての企業に当てはまるわけではありません。
特に伝統のある歴史的企業や大企業においては、ゼネラリストの価値はまだまだ高止まりしています。その理由は主に2つあります。
・強固な組織風土がある企業では、外部登用が機能しない
とくに歴史ある企業や、大企業グループでは、外部人材の「文化適応」が極端に難しいことがあります。
外から最適人材を連れてきても、文化的衝突で機能しない。
このような場面は、私は何度も目撃してきました。
結果として、内部のゼネラリストが必然的に重宝されることになります。
・大企業だからこそ必要な、トランザクティブメモリーの価値
また、大規模組織になるほど「誰がどの情報を持っているか」を把握していることは、驚くほどの効果を持ちます。
だから企業内での意思決定は、しばしば「情報の流れ」で決まります。
その流れを把握し、つなぎ、調整する力は、組織によっては絶対的価値を持ちます。
こうした企業では、ゼネラリスト的な立ち回りが極めて強い武器となります。
では、ゼネラリストは淘汰されるのか? ― 私の結論は「No」です
私の見立ては明確です。
従来型の「浅いゼネラリスト」は淘汰される。
しかし、専門性を軸に持つ「新しいゼネラリスト」は、むしろこれからの経営の中心になる。
これは二項対立の話ではありません。
専門性 × 経営視座 という第三のキャリア軸
専門性の深さは「軸」です。
そして、経営全体を捉える視点は「次元」です。
私はこれを、
「深い軸を持ったゼネラリスト」
と呼んでいます。
T字型、π型などいろいろな言い方がありますが、もっとも重要なのは次の点です。
・専門性がなければAI時代の意思決定で勝てない
・視座がなければ専門家のまま終わってしまう
・この二つを統合できる人材が、ジョブ型時代の“幹部候補”になる
これは机上の空論ではなく、私が支援してきた企業で明確に起きている変化です。
専門性を持つ管理職が育つ組織は、変化に強い。
逆に、表層的ゼネラリストが中心にいる組織は、変化に脆い。
この違いは、これからの5年間で決定的な差になります。
個人としては、企業特殊性ではなく“市場価値のある専門性”へ
もうひとつ重要な論点があります。
それは、私たち一人ひとりが、労働市場における商品であるということです。
企業内で価値があるトランザクティブメモリーは、外へ出た瞬間に価値がゼロになる危険がある。
これは冷酷ですが、現実です。
だからこそ、
市場で評価される専門領域を持つことが、キャリアの保険になります。
- 職種固有のスキル
- 再現性の高い成果
- 他社でも通用する知識
- 資格・専門領域
- 専門性に基づいた意思決定力
企業の中で価値がある“調整力”だけでは、個人としての未来を守りきれません。
キャリアは「幅」から「深さ×越境」へ
人材の世界は、確実に変わりました。
この10年で一番大きく変わったのは、「広く浅い経験」ではなく「深く、そして越境する経験」が価値の中心になったことです。
専門性を深く掘りながら、経営の本質を理解し、異なる領域とつなぎ、組織を動かし、新しい価値を生み出す。
こうした“深さと越境”を兼ね備えた人材こそが、ジョブ型時代の本当の幹部候補だと、私は確信しています。
ゼネラリストかスペシャリストか。
この問いは、もはや過去の問いです。
これからの問いはこうです。
「何を軸にし、どの次元で戦うのか」
キャリアの物語は、まだ続きます。
あなたがつくる未来の物語の中心には、きっと「深さと越境」という新しい価値が息づいているはずです。


