給与項目の今昔「住宅手当」 — 家賃補助から採用競争の武器へ

平康 慶浩(セレクションアンドバリエーション株式会社 代表・人事コンサルタント)

人事コンサルティングの現場で、企業の報酬制度を見直していると、最近とくに多く寄せられる質問があります。
「ほかの会社では住宅手当はどう設計していますか?」という問いです。

長く「当然あるもの」として扱われてきた住宅手当ですが、時代が変わるたびにその意味は大きく揺れ動いてきました。
住宅手当ほど、社会の変化と企業の価値観をよく映し出す手当はありません。

今回は、その歴史をたどりながら、これからの企業が何を考えるべきかを整理してみたいと思います。


目次

昭和:住宅手当は「生活支援」であり「賃金調整弁」だった

大正時代くらいに生まれたといわれる住宅手当ですが、昭和時代に、社会事情を背景として大きく広がりました。

その理由は、主に生活関連の事情です。

  • 都市への人口集中による住宅不足
  • 年功序列型の給与のため、若手社員の家賃負担が重かった(若い世代の給与が安かったため)
  • 就社概念が広がり始め「会社が生活を支えるべき」という価値観が強かった

こうした状況から、住宅手当は「生活を守る賃金」 として大きな意味を持っていました。

その前提として、そもそも昭和の賃金体系は次のような構造だったということもあります。

  • 基本給は抑えめ(残業代算定基礎額や退職金や賞与月数などを操作したかった)
  • 手当で調整して総額をコントロール(とはいっても生活費の側面が強かった)

そのため、企業にとって住宅手当のような各種手当は柔軟に増減できる「経営上の調整弁」 としても機能していました。

つまり住宅手当は、

生活支援と財務調整という、社会と経営の両面を支える制度

だったと言えます。

退職金などもそうですが、あまり高い給与を約束したくなかった、ということもあったのかもしれません。


平成:住宅手当は「家族モデルの変化」とともに揺らいだ

やがて平成(元年が1989年です)に入ると、制度の前提が揺らぎ始めます。

バブル最盛期からバブル崩壊に至る平成期においては、まず住まいの価値観が多様化します。金融資産の不安定化により、賃貸・購入の選択肢が分かれてゆきます。

「夢のマイホーム」といわれた持ち家信仰が揺らいでいくことと、必ずしも年功的に給与を増やしていけない賃金動向から、手当についても見直そうとする企業が増えました。

また、共働きの増加で公平性が問題になります。

昭和型の「夫が働き、妻と子どもを扶養する」というモデルが前提ではなくなり、住宅費の負担が夫婦でどう分かれているかも家庭によって違うことが目立ってきました。

トータルコンペンセーションという言葉が語られだしたのもこの時期です。

手当の形で給与を支給するのではなく、年俸制のような形で、総額をわかりやすくすべきではないか、という議論が進みました。

そのため、手当をすべて廃止して、基本給に組み込んでいく会社も増えたのです。

「住宅手当は縮小・廃止し、基本給へ寄せる」という流れが生まれました。


令和:住宅手当は「採用と定着の武器」として復権しつつある

ところが令和(元年が2019年です)に入り、住宅手当は再び存在感を高めます。
背景には若手社員の価値観の変化に加え、首都圏における不動産価格高騰や一人暮らし人口の増加、直近での生活不安などがあります。

  • 都市部の家賃高騰
  • 一人暮らし負担の増加
  • 「今の生活を安定させたい」という志向の強まり

特に渋谷や六本木などの IT企業 やスタートアップ企業では、会社から近い場所に住むことを条件にしたいわゆるx駅ルールを前提として、住宅手当を採用する例がおおくあります。

会社からしてみれば、通勤手当を住宅手当に振り返るようなイメージです。

このように、現在の住宅手当は

  • 基本給としての固定費化を避けられる
  • 若手の生活を直接支援できる
  • 採用市場で差別化しやすい

という点から 投資対効果が高い制度 として扱われています。


これからの住宅手当の設計ポイント

では、今住宅手当がない会社で、住宅手当を新たに導入する場合に、どのように考えるべきでしょうか。

制度設計でまず確認すべきは、「何のために導入するのか」という目的です。

これは、今ある住宅手当の位置づけを整理する場合にも重要な視点です。

住宅手当を何のために導入するのかという目的によって、制度設計は大きく変わります。

目的ごとの設計ポイント

  • 若手採用強化
    • 金額や対象者を明確に
    • 採用ページで積極的に公開
  • 生活安定支援
    • 家族数などをもとに算定(残業代算定基礎から除外できるメリットもあり)
  • 都市部勤務の負担軽減
    • 地域手当との組み合わせが有効
  • 固定費を増やさずに報酬を改善したい
    • 基本給より手当のほうが柔軟

とはいえ、ジョブ型(職務給あるいは役割給)の人事制度を導入する企業が増える中で、「生活手当」的な住宅手当をどこまで残すかは大きな論点です。

  • 月例給に統合するか
  • 若手限定で残すか
  • 都市部手当と組み替えるか

制度目的に沿って柔軟に設計することが求められます。


おわりに:住宅手当は「企業の価値観が見える手当」

住宅手当は一見、家賃を補助するだけの制度に見えます。
ですが、その裏には企業の価値観がはっきり表れています。

  • どんな社員を支えたいのか
  • どんな働き方を大切にしているのか
  • 採用市場でどう見られたいのか

昭和では生活支援、平成では制度整理、令和では採用競争力の向上。
住宅手当は、時代とともに役割を変えてきました。

制度そのものの良し悪しではなく、「自社はなぜ住宅手当を持つのか?」という問いに向き合うことが、これからの人事制度には欠かせません。

そして住宅手当は、報酬制度の中でも企業と社員の距離感を最もよく映し出す鏡のような存在だと感じています。

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