文:平康 慶浩(セレクションアンドバリエーション株式会社 代表・人事コンサルタント)
手を動かす人が、報われない国でいいのか
アメリカでは近年、「ブルーカラービリオネア」と呼ばれる人たちが注目を集めています。
それは、テック起業家ではなく、水道工事や建設、物流や電気整備といった現場の仕事で財を築いた人たち。
もちろんビリオネアというほどの報酬を得ているわけではありませんが、エッセンシャルワークの価格高騰と、それに伴うブルーカラーの方々の裕福な生活状況を見た揶揄の言葉でもあります。
日本で例えるなら、建設業や水道工事業の方々などが、作業服姿で、高額な車=たとえばアルファードやエルグランド、ヴェルファイアのようなミニバンを乗り回しているようなイメージでしょうか。
しかし日本で同じような状況になっているか、というとそうではありません。
日本における作業現場を支える人々が裕福な生活を送っている、という話は聞きませんよね。
むしろ、慢性的な人手不足と社会保険料の負担増に苦しみながら、価格競争に晒されているというマイナスの話がメインです。
水道修理や設備保全の単価はなかなか上がらず、「安く受ける会社が出てくるから」という理由で、報酬は抑えられたままです。 なぜ、日本では誠実に働く人ほど報われないのか。
その答えは、個人の努力や顧客の意識の問題ではなく、社会の構造にあると考えています。
「誠実さ」と「安さ」が結びついてしまった構造
現場を支える仕事は、本来、誠実さと責任感が報われる世界であるはずです。
しかし日本では、誠実であるほど、仕事を断らず、納期を守り、ミスを引き受ける。
結果として、「誠実に働く人ほど安く働く」構造が生まれています。 背景には三つの壁があります。
| 壁 | 内容 |
|---|---|
| ① 価格決定権の偏り | 顧客や元請が価格を決め、現場は下請として従う立場に置かれている。 |
| ② 品質の不可視性 | 技能の差が見えにくく、「誰でもできる仕事」と誤解される。 |
| ③ 制度の歪み | 多層下請け構造や業務委託化が進み、労務費上昇や最低賃金改定が現場に届かない。 |
これらが重なることで、「人手不足」になっても単価は上がらない。
供給が足りないのに、価格が上がらない――通常の市場原理が働かないのです。
世界では、質が価格を決めている
対照的に、アメリカでは“質の高い仕事は高く売れる”仕組みが制度的に支えられています。
たとえば、公共工事では「デービス・ベーコン法」という法律により、地域ごとの最低賃金が細かく設定され、安値入札ができません。
技能職が国家資格で管理される州も多く、資格や保証が価格の裏づけになります。
さらに、熟練職人や現場リーダーが会社の株式や持分を持ち、成果が資産につながる構造が広がっています。
テキサス州で話題になった水道工事会社の創業者は、25年間地域で評判を積み上げ、従業員にストックオプションを分配。
いまや社員の中にも億単位の資産を持つ人が生まれています。
彼らが特別な投資家だったわけではありません。
誠実な仕事を、きちんと価格に変える仕組みがあっただけなのです。
日本に欠けているのは「仕組み」であって、「努力」ではない
日本の現場の人々も、努力や技能では決して劣っていません。
ただ、誠実さが報われるような制度的裏づけが弱いのです。
- 品質や技能を測る基準が統一されていない
- 契約で労務費エスカレーター(最低賃金連動)が定められていない
- “安く受けることが正義”とされる文化が根強い
結果として、「安さ=誠実さ」「値上げ=強欲」という誤ったイメージが残っています。
しかし、安さは一時的な競争力を生むかもしれませんが、長期的には人を減らし、品質を落とし、次世代の技能を断つことにつながります。
「安さ」ではなく、「信頼」で選ばれる仕事へ
“正当な対価”とは、単に高い価格を意味するものではありません。
品質・安全・持続性に見合った価格を、顧客と共有できる状態のことです。
そのためには、企業がまず「質」を言語化し、可視化する必要があります。
再修理率、耐用年数、顧客満足、安全遵守率――。
こうした指標を定め、データと証拠で示すことで、誠実さが“見える”仕事になります。
そして、その誠実さをブランドとして発信する。
顧客が「安い業者」ではなく、「信頼できる業者」を選べる市場を作る。
ここに、ブルーカラー報酬を引き上げる第一歩があります。


