〜優秀人材を惹きつけ、つなぎとめる報酬戦略へ〜
ここ数年、日本企業の人事を取り巻く環境は大きな変化に直面しています。
その中心にあるのは「報酬戦略」です。
かつては給与や賞与といえば、人件費管理や従業員満足の領域に収まっていました。
しかし今や、インフレによる賃上げの常態化、外資系PEファンドによる日本企業のTOB(株式公開買付け)の加速、そして東京証券取引所による資本効率改革の圧力が重なり合い、報酬戦略は単なる人事施策ではなく「経営そのものを左右する軸」に変わりつつあります。
加えて、企業にとって最大の課題の一つが 「優秀人材をいかに採用し、いかに引き留めるか」 です。
市場水準と乖離した報酬制度は、優秀層に選ばれず、せっかく採用しても長く定着しない。
だからこそ、報酬戦略は今後10年、日本企業の成否を決定づける存在になりつつあります。
TOBが日常化する日本企業の現実
2024年以降、外資PEによる日本企業の買収案件が目立つようになりました。
EQTによるフジテックのTOB、カーライルによるケンタッキー日本事業の買収、ベインキャピタルによるアウトソーシングの非公開化など、枚挙にいとまがありません。
日本企業に対する資本の論理に基づく対応が、今や大手から中堅に至るまで現実の脅威になっています。
TOB後に必ず実施される「100日計画」では、人材マネジメントと報酬制度が最重要テーマの一つになります。
特にPEが注視するのは、 「市場で優秀人材を採用し続けられるか」「買収後も優秀層を流出させないか」 です。
人材が離脱すれば企業価値は一気に毀損する。報酬戦略の巧拙が、買収後の成否を分けるカギになるのです。
証券取引所改革とアクティビスト圧力
東京証券取引所は2023年以降、PBRが1倍を下回る企業に資本効率改善を求め、改善計画の開示を促しました。
この改革は資本政策にとどまらず、人材投資の在り方にも波及しています。
アクティビスト投資家や海外機関投資家は、「経営陣は人的資本をどう活用し、どのように優秀人材を確保しているのか」を厳しく問います。
とりわけ報酬制度は、投資家にとって「企業が優秀人材を引き留める覚悟を示しているか」を測る試金石です。
開示強化が進む今、報酬設計を合理的に説明できない企業は、資本市場からの信認を失いかねません。
グローバル標準へのシフト
外資PE傘下やアクティビストの注目を集める上場企業では、グローバル標準の人材マネジメントが導入されます。そこでは Market Pricing(市場賃金との整合性) が基本ルール。
日本的な「年功的処遇」や「横並び昇給」では、優秀人材の採用競争に勝てません。
世界中の人材がオンラインでオファーを比較する時代に、報酬の透明性と競争力は欠かせないのです。
逆に言えば、市場相場と連動した制度を整えれば、国内外の優秀層にとって「選ばれる企業」になれる可能性も高まります。
報酬戦略の新たな要件
こうした環境を踏まえると、報酬戦略は次のような要件を満たす必要があります。
- 変動報酬と長期インセンティブ(LTI)の拡充
優秀人材は「成果に応じた評価」を求めています。
短期業績と資本効率に連動した報酬、さらに株式報酬やRSUといった長期インセンティブが、採用・定着の両面で有効に働きます。 - 人的資本開示やジェンダー格差対応との整合性
若手や女性を中心とした優秀人材は「透明性」と「公平性」に敏感です。
ジェンダー賃金格差や評価制度の整合性を明示できなければ、採用活動で不利になり、社内の不満も離職を招きます。 - 事業再編・PMIに耐える構造
買収や再編が繰り返される時代に、人材が安心して働き続けるには、異なる経営環境でも通用する共通の基準が必要です。
ジョブ型等級や市場レンジを整備すれば、社員は「どこに行っても自分の市場価値が認められる」と感じ、流出リスクを抑えられます。
経営者への示唆
優秀人材の採用と引き留めは、今や経営課題の最優先テーマです。
報酬戦略を単なるコスト管理の延長で捉える企業は、採用市場で敗北し、PEやアクティビストからの圧力にも耐えられません。
逆に「市場連動を前提とした報酬戦略」を自社から先んじて設計できれば、外圧に振り回されるのではなく、成長戦略の一環として優秀人材を惹きつける武器になります。
具体的には、
- 市場基準に基づいた給与レンジを整備し、年複数回の見直しを可能にする
- 可変報酬や株式報酬を通じて、成果と成長に報いる仕組みを強化する
- 人的資本開示を活用して、透明性と公平性を社内外に示す
- 事業再編やPMIでも一貫して機能するジョブ型グレードを設計する
これらの取り組みは単なる人事制度改革ではなく、企業価値向上のための“投資”です。
結論:優秀人材を中心に据えた報酬戦略へ
「報酬戦略が人事の軸になる」とは、単に給与テーブルを見直す話ではありません。
インフレ、TOB、証券取引所改革といった外部要因のなかで、報酬こそが 優秀人材を採用し、引き留め、企業価値を持続的に高めるための最重要レバー になっているのです。
今後10年、日本企業の競争力を決めるのは「いかに優秀人材を市場から惹きつけ、社内で定着させられるか」に尽きます。
そしてその答えは、報酬戦略を経営の中心に置くことにあります。


