平康 慶浩(セレクションアンドバリエーション株式会社 代表・人事コンサルタント)
「この人材、採用してよかったのだろうか?」
人事の仕事をしていて、こんな問いが頭をよぎる瞬間がありますよね。
もちろん、感覚的には答えられます。
「あのプロジェクトで活躍している」「現場からの評判がいい」「辞めずに頑張ってくれている」。
ただ、経営の意思決定の場では、それだけでは足りなくなってきました。
そこで近年、改めて注目されている考え方が、ELTV(Employee Lifetime Value:従業員生涯価値)です。
ELTVとは何か? ― シンプルだけれど、示唆が深い考え方
ELTVとは、「その従業員が在籍期間を通じて生み出す価値の総和から、会社が投じたコストを差し引いたもの」
と整理できます。
一言でいえば、支払った給与分以上に働いてくれたか、ということでもあります。
考えてみれば、とてもシンプルな考え方ですよね。
にもかかわらず、この考え方を真正面から使いこなせている日本企業は、まだ多くありません。
なぜでしょうか。
理由の一つは、日本の人事が長く
- 人はコストである
- 評価は相対的なもの
- 成果は単年度で見るもの
という前提で設計されてきたからです。
ELTVは、その前提をひっくり返します。
なぜ今、ELTVなのか
ELTVが重要になる背景には、いくつかの「避けられない変化」があります。
① 採用は「入口」ではなく「投資判断」になった
採用単価が上がり、ミスマッチのコストは重くなりました。
「とりあえず採る」「採用してからゆっくり教育する」という仕組みや人事の働き方では、会社の損失を拡大する場合が増えつつあるのです。
② 人的資本経営が説明責任を果たすステージに移りつつある
人的資本開示の流れは、女性管理職比率や男女給与格差を示すだけでは済まなくなりつつあります。自社の人的資本がどのように業績貢献しているのか、ということを、自社なりの基準で示すことが求められつつあります。
そしてこの流れはさらに加速してゆきます。
③ 人事の経験知だけでは、経営と会話できなくなった
現場感覚は大切です。様々な「現場の声」を収集して、経営層に届けることには十分意味があります。
ただ、採用コストや人的資本の観点から見れば、そこに「数字の根拠」が求められるようになっています。
このような事情を踏まえて、わかりやすい人事としてのKPIを示すとすれば?
それがまさにELTVなのです。
ELTVをどう捉えるか ― 面積で考える
従業員による会社業績への貢献度は、次のように理解されることが多いでしょう。
- 入社直後は、採用費・教育費が先行し、価値はマイナス
- やがて成長し、一人前になると生み出す成果の方が大きくなる
- さらに成長していくことで、入社後のマイナスを補うくらいに貢献してくれるようになる
- やがて年齢とともに衰えだすと、人によっては生み出す価値がどんどん減る場合もある
横軸を「時間」、縦軸を「価値」とすると、その面積こそがELTVです。

ここで重要なのは、それぞれのタイミングに対する会社側の働きかけです。
たとえば①の段階はなるべく短い方が良いでしょう。そこで新人教育を徹底したり、会社によってはインターン時期からの教育を実施したりする場合もあります。
また②から③にかけての貢献期間においては、離職を防止するための施策が重要になります。エンゲージメントとしての幅広い対策も有効ですが、優秀者にターゲットを絞った施策を考える会社もあります。 そして④について、衰えを避けるための再教育=いわゆるアンラーニングとリスキリングを進める会社も多いのです。最近だとDX文脈での教育により、年齢を問わない活躍度向上を目指す会社も増えつつあります。
ELTVの計算方法
ではELTVはどう計算すればよいのでしょう。
営業系などのわかりやすい利益を生んでくれている職種なら計算はできるかもしれません。
けれども管理系の人材がどのような貢献をしているか、定量的に測ることは困難です。
実はELTVについて、厳密な計算方法は存在しません。
一人一人の価値を算出してそれらを積算することはほぼ不可能だからです。
けれども、先ほど示した①~④についての意思決定に用いるための計算方法はあります。
私たちセレクションアンドバリエーションが人事コンサルティングの現場で行っている計算方法の一部をご紹介しましょう。
超シンプル版ELTV計算方法:
・従業員一人あたり平均年間粗利益額(売上-原価)
・年間平均従業員数
・平均在職年数
・年間採用&教育コスト÷平均従業員数
・平均人件費
これらの数値がわかれば、超シンプルなELTVを計算できます。
(平均年間粗利益額-(年間採用&教育コスト+平均人件費))×在職平均年数
例えば従業員一人あたり平均年間粗利益額が1000万円
年間採用&教育コスト÷平均従業員数が50万円
平均人件費が500万円
在職平均年数が12年
この場合だとELTVは
(1000万円-(50万円+500万円))×12年 = 5400万円という計算になります。
ELTVを高めるということは、何を変えることなのか
このような計算を踏まえて、ELTVを高める施策を考えるとすれば、どのようなものが考えられるでしょうか。
わかりやすい施策は、一人あたり粗利益額を高めるためのものです。
ただ、これらは人事の役割というよりは、マーケティング部門や製造部門、営業部門などの利益に直結する部門の役割といえるでしょう。
人事側が担う役割としては、まずは採用コストと教育コスト、勤続年数部分の改善です。
ただしコスト部分について単純に減らせばELTVが上がる、という風にとらえるのではありません。
採用と教育、勤続年数をセットにして考えてみる必要があります。
先ほどのグラフでいえば、③の段階を超えた人が会社に居続けてくれることでELTVを引き上げる、という発想です。
そのために②にかかる期間を短期化するための教育を行います。
また離職の穴埋めが発生しているのなら、離職率を改善することで、採用費用を抑えます。
そして結果として勤続年数を高めていければ、ELTVが高まっていくのです。
ELTVを「考え方」で終わらせないために
ここまで読んでいただいて、「考え方としてはわかるが、どう使えばいいのか?」と思われた方も多いはずです。
ELTVは、単体では機能しません。
分析 → 構造化 → モニタリングの流れに落とすことで、初めて武器になります。
私たちが支援しているのも、まさにこの部分です。
① 人事データを意思決定に変える
人的資本の定量分析支援
👉 https://sele-vari.co.jp/servicepage/quantitative_analysis/
人件費、評価、昇給、離職、配置。
バラバラに存在している人事データを、「経営と会話できる数字」に翻訳します。
② 人材を“個”ではなく“構造”で見る
人材ポートフォリオ分析
👉 https://sele-vari.co.jp/servicepage/portfolioanalysis/
誰が優秀か、ではなくどの層が、どのフェーズで、どんな価値を生んでいるのか。
ELTVを高めるための“打ち手の優先順位”が見えてきます。
③ 数字の裏側にある温度感をつかむ
エンゲージメントサーベイ
👉 https://sele-vari.co.jp/servicepage/engagementsurvey/
ELTVは、数字だけでは測れません。
人が辞める前、成果が落ちる前には、必ず「兆し」があります。
その兆しを構造的に捉えるための仕組みです。
最後に
ELTVは、流行りの指標ではありません。
人事を、経営の意思決定に引き戻すための問いです。
「人材に、なぜ投資するのか」
「人事制度は、価値創出につながっているのか」
その問いに、感覚だけでなく、構造と数字で答えられるかどうか。
そこに、これからの人事の分かれ道があるのです。

