給与項目の今昔「家族手当」 — 扶養モデル終焉後の、公正性の設計

平康 慶浩(セレクションアンドバリエーション株式会社 代表・人事コンサルタント)

人事コンサルタントとして、企業の人事制度改定をご支援する中で、

「家族手当は見直すべきでしょうか?」

というご相談をいただくことが少なくありません。

かつては当たり前のように存在していた家族手当ですが、昨今はその是非をめぐって議論が増えています。
制度の歴史を振り返ると、家族手当という仕組みには、企業が「どのような家庭を標準モデルと見なしてきたのか」という価値観が丁寧に埋め込まれています。

そしてその価値観こそが、令和の社会では大きく変わりつつあります。 この記事では、家族手当の今昔をたどりながら、これからの制度設計に必要な視点をご紹介します。


目次

昭和:家族手当は「企業が従業員の生活全般を支える」という思想から生まれた

昭和の日本では、「一家の大黒柱である男性正社員が働き、妻と子どもを扶養する」という家族モデルが社会の前提でした。
このモデルが前提にあるからこそ、家族手当は強い意味を持っていました。

昭和の家族手当が担っていた役割

  • 扶養家族の生活を支える
    → 子どもが増えるほど家計負担も増えるため、それを企業が補うという考え方。
  • 企業が「家族全体の生活」を守るというメンバーシップの象徴
    → メンバーシップとしての仲間を援助することから、福利厚生と賃金の境界が曖昧。
  • 年齢・生活段階・家族構成で賃金が決まる「生活給」文化の一角
    → 家族構成は昇給の根拠にもなり得た。

当時は「家庭を支える従業員を守るのは企業の責任」という価値観が普遍的であり、家族手当はその象徴的な制度だったのです。


平成:共働き化と働き方の多様化で、制度の前提が揺らぎ始めた

平成(1989年が元年)に入り、家族手当の存在意義は大きく揺らぎ始めます。
その理由は、社会の前提そのものが変わったためです。

家族手当を揺らがせた要因

  • 共働き世帯が主流に
    →専業主婦が当然ではなく、むしろ贅沢な存在として位置付けられることも。
    →女性が出産や育児で一時的に職を離れても、また戻ることも増加。
  • 家族の形が多様化
    → ひとり親家庭、子どものいない夫婦、事実婚、同性パートナーなど。
  • 職務や成果で給与は決まるべきという概念の広がり
    → 同じ仕事をしていても、家族構成で月例給が変わることに対する疑問。
  • 企業としての説明責任が複雑に
    → 生活給中心から、職務給・成果給へのシフトが進む中で、家族構成との紐づけが制度全体を不透明にする。

こうした背景から、平成後期には「家族手当を縮小し、基本給に集約する」という動きが進みました。


令和:家族手当は「公正性」が最も問われる手当へ

令和(2019年が元年)の報酬制度では、家族手当の議論は

メンバーシップ vs 公正性

という構図で語られることが増えてきました。

時代が進むにつれ、企業に求められる説明責任は強まり、
「同じ役割を担っているのに、家族構成が違うだけで給与が変わるのは妥当か?」
という問いが強まっています。

現代の家族手当をめぐる主要な論点

  • 職務給などジョブ型制度との整合性を説明しづらい
    → 職務や役割で報酬を決めるなら、家族構成は本来関係がない。
  • 扶養条件によって生じる不公正感
    → 扶養条件によって手当の有無が変わることについての意味付けが難しい。
    (事務的管理も難しい)
  • 従業員から見ても、金額が小さく効果が限定的
    → 企業としての負担に対して、社員満足度が高くないことも。
  • 法的には任意制度であり、企業裁量が大きい
    → 廃止・縮小のハードルは制度的には高くない。

結果として、家族手当は
企業価値観が強く表れる象徴的な手当
として扱われるようになっています。


家族手当を廃止・縮小する企業が増えている理由

実務では、次のような理由で家族手当を見直す企業が増えています。

見直しが進む背景

  • 制度目的が曖昧(生活支援なのか、メンバーシップの醸成なのか)
  • 公正性に欠ける(同じ仕事で給与差が出る)
  • 等級制度や職務と整合しない
  • 手当額が生活実態に合わなくなった
  • 社会保険・税制上の扶養基準が複雑化している

とくに「職務給」を中心に据える企業では、生活状況に依存した手当は制度趣旨と相性が悪いため、見直しが自然な流れになっています。


これからの家族手当を考えるためのポイント

家族手当は、制度そのものよりも「どう設計するか」「どう説明するか」が企業の姿勢を決めます。

これから制度設計するときの視点

  • 目的を明確にする
    → 生活支援なのか、文化維持なのか、公正性なのか。
  • 職務給や等級制度との整合性を確認する
    → 家族構成に中立な給与体系が求められる。
  • 段階的な見直しを検討する
    → 廃止よりも「新規採用者から適用外」がよく使われる。
  • 制度変更時のコミュニケーションを丁寧に
    → 受け取っている人、受け取っていない人の感情が揺れやすい手当であるため。
  • 多様な家族形態への配慮
    → 事実婚・同性パートナーへの対応など。

家族手当は、制度変更そのものよりも、その説明の仕方で従業員の信頼が左右されるという特徴があります。


おわりに:家族手当は“企業がどんな家庭を想定しているか”を映す鏡

住宅手当以上に、家族手当は企業の価値観をそのまま映し出します。

昭和では「家族の生活を支える制度」として自然なものでしたが、平成ではその前提が揺らぎ、令和では「公正性をどう考えるか」が問われる制度へと変化しました。 家族手当を残すか、見直すか、廃止するか。
その判断が示すのは、

「自社は社員の家庭をどう理解し、どんな働き方を支えたいのか」

という姿勢そのものです。

制度のあり方を考えることは、企業文化とこれからの働き方を見つめ直すことにつながります。

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