「部下を責めたくない」「やる気を失わせたくない」
そう感じながらも日々奮闘している管理職の方は、多いのではないでしょうか。
その背景には、優しさに裏付けられた、責任感や、葛藤、チームへの思いもあるはずです。
ただ、同時にその優しさが、知らず知らずのうちに組織の停滞に繋がりかねないことも事実です。
評価とは、覚悟を示す行為
評価をするとは、単に相手の努力を査定することではありません。
人事の世界における評価とは、組織の成果を背負い、部下含め、次の行動に責任を持つことです。
ただ、「評価」という言葉にはどうしても冷たさがつきまといます。
「人を点数で測る」「良し悪しをつける」と感じ、抵抗を覚える人も多いでしょう。
その結果、「波風を立てたくない」「自分が悪者になりたくない」と判断を曖昧にしてしまうこともあるかもしれません。
そうした曖昧さが続くと、優秀な人の意欲を削ぎ、改善が必要な人を放置することにつながります。
静かに組織の成長を止めてしまうのです。
本来の評価とは、誰かを否定するためではなく、次の行動に責任を持つための対話です。
チームが前に進むための「区切り」であり「約束」。そして、その決定を支える覚悟です。

「部下に任せる」と「部下に押し付ける」は紙一重
「まずは自分で考えてから質問してね」
一見、主体性を促すように見える言葉です。
しかし、指示が不明瞭なまま業務を委ねてしまえば、それは丸投げになります。
目標が不明瞭、優先順位があいまい、判断軸が共有されていない。
そんな状態で「やってみろ」と言われても、部下は動けません。
部下に責任を持たせることと、責任を押し付けることはまったく違います。
マネージャーの役割は、部下が責任を果たせる環境を整えること。
評価とは、その環境づくりの延長線上にある行為です。
評価とは、育成の一部。
点数をつける行為ではなく、次にどう変わるかを共に考える対話です。
「手をかける」と「手間をかけすぎる」は違う
プレイング・マネージャーとして現場を支えている人ほど、
「自分でやったほうが早い」と感じる場面は多いでしょう。
確かに短期的にはその方が成果が出やすいでしょうし、成果も明白でしょう。
しかし、その瞬間、部下の学習機会は失われ、チームはいつまでも依存的になります。
問いてみてほしいのは、
「それは本当にチームのためか」「自分の安心のためではないか」。
一つの案件に過度にこだわり、手間をかけすぎるのは、しばしば自己満足です。
それは成果の最大化ではなく、安心の最大化であるということ。
真に成果を出せるリーダーは、自分が抜けても成果が出る仕組みを残せる人です。
構造の問題として捉える視点を忘れてはならない
もし現場のマネージャーが評価や育成に手が回らないのであれば、
それは「本人の努力不足」だけではなく、「仕組みの問題」としても見るべきです。
会社側が見るべきは「スパン・オブ・コントロール(管理可能な部下数)」と「権限委譲の設計」です。
人員が多すぎるのに一人で見ろと言われているなら、それは構造の歪み。
判断権限がなく、上司の承認ばかり求められるなら、それも構造の問題。
人事制度は、評価者が正しく責任を果たせるように設計されていなければ意味がありません。
マネージャーの力量不足を個人責任にせず、制度・構造・支援の観点から再設計することが求められます。
「上げない」「下げる」仕組みも、組織を守る仕組み
評価を担う立場に立つ人が、判断を避けるようになれば、
チームの成長は止まります。
だからこそ、会社としても上げる人、下げる仕組みを明確にしておくことが大切です。
昇格とは、「評価できる人に評価する権限を与えること」。
逆に、評価の精度が低く、チームの停滞を招く人を
そのまま放置するのは組織のリスクにもなりやすいです。
「ダメな人を上げない」
「上司を評価できる仕組みを整える」
これらは冷たいルールではなく、組織を守るための健全な仕組みです。
多面評価や360度フィードバックもその一助になりますが、
大事なのは制度の有無ではなく、運用に「意思」があるかどうか。
人を正しく評価するとは、制度を使いこなす覚悟でもあります。
最後に
部下を正しく評価することは、誰にとっても辛いものです。
誰かを評価するということは、時に自分の無力さや迷いとも向き合うこと。
それでも逃げずに伝えようとする姿勢に、部下は誠実さを感じます。
リーダーとは、すべてを完璧にできる人ではなく、
不完全なままでも誠実に向き合おうとする人です。
部下に甘いと言われる優しさの裏には、きっと深い思いやりがあるはずです。
だからこそ、もう一歩先へ進むために評価とは、その最初の一歩なのかもしれません。


