国が整備しようとしているのは「見つける・移る・学ぶ」の3点セット
セレクションアンドバリエーションの平康慶浩です。
さて、高市総理肝いりの日本成長戦略会議。2025年12月24日に、2回目が開催されましたね。
人事界隈では、上野厚生労働大臣の発言「(労働基準法の大改正について)令和8年通常国会での法案提出は、現在のところ考えていません」という言葉が広がっています。
でも、個人的にずっと気になったのは、そもそもの8つの「分野横断的課題への対応」のところ。
- 新技術立国・競争力強化
- 人材育成
- スタートアップ
- 金融
- 労働市場改革
- 家事等の負担軽減
- 賃上げ環境整備
- サイバーセキュリティ
こうしてみると、分野横断的課題のうち「人材育成」「労働市場改革」「賃上げ環境整備」と3つまでがヒトに関する課題なんですね。
で、その本質が何かということがずっと気になっていました。そして、第2回目でようやく理解できたので、あえて言ってしまいましょう。
それは、「社外市場(転職・学び直し)を整える方向に尖っている」ということなんです。
国が整備しようとしているのは、働く一人一人が「次に行く先」を見つけやすくし、「転職」しやすくし、「学び直し」のコストを下げる。そのための環境を整備しようとしているということです。
たとえば公開資料の2「分野横断的課題への対応の方向性(内閣官房)」にははっきりと、成長分野への労働移動を円滑化するために、スキル情報/講座情報/求人情報のデータ連携 を進め、さらに省庁に分散する情報提供サイトを束ねて 包括的な「ポータルサイト」を構築し、AI機能も装備する、という話が書かれています。
また、人材育成の側でも、理工農・デジタル分野の人材育成や文理分断からの脱却 がはっきり掲げられています。
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/nipponseichosenryaku/kaigi/dai2/shiryou2.pdf
これはもちろん、政府の政策としてはとても良い方向です。
生産年齢人口が減る国で、労働力の供給制約を前提にするなら、とても合理的です。
成長分野に人的資本を集めなければ、事業はそもそも成長しないからです。
ただし、問題はここからです。
副作用は「転職しないと賃金が上がらない」社会になりやすいこと
副作用として生じる問題は、政府の施策が成功するほど、労働市場では「転職が、給与を増やす一番手っ取り早い方法」になってしまうということです。
これ、もうアメリカでは普通のことなんですよね。
日本でも、エンジニア人材領域では、優秀者の転職を引き留めるための、一時的なボーナス支給が常態化しています。
実際に弊社、セレクションアンドバリエーションがご支援しているテック企業でも
「外国人トップエンジニアが今の倍の年収を求めてきたので、支払うしかない。そのためのロジックを整理してほしい」
という要望に応えたりしています。
先ほどの資料にも「転職により賃金が増加した者の割合」が 2014年36.6%→2024年40.5% と示されていて、むしろ転職による昇給を後押ししている感じもします。
もちろん転職が悪いわけではありません。
健全な流動性は必要です。
深刻な問題は、転職せずに頑張っている社員の給与を増やす仕組み、が重要視されなくなってしまうということです。
そうなってしまうと「転職をちらつかせて昇給をねだる人材」が得をし、「コツコツ努力する控えめな人材」が損をしてしまう会社がどんどん増えてしまう可能性すらあります。
でも、国は企業内の報酬の決め方には踏み込めません。
ここが決定的です。
だから、政府の後押しなどで社外での労働市場が整うほど、企業側が独自に昇給・賞与制度を整えないといけないのです。
定着して活躍してもらうためには企業側での制度整備が必須
実は日本成長戦略会議でも、労働市場が整備されても企業側に「魅力がなければ定着しない」という指摘がされています。
労働移動は本人意思が前提であることを述べた上で、労働条件や雇用の安定性などの魅力がなければ、政策的に移動を推進しても定着につながらず、期待した効果は生じないという意見です。
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/nipponseichosenryaku/kaigi/dai2/shiryou3-9.pdf
この論点は、一見従業員側によりすぎている意見のようにも見えますが、企業にとっての人的資本確保の在り方として、とても重要なことを示唆しています。
政府の施策で「移動しやすい」状態を作っても、成長を実現する企業側で「ここで成果を出したい」という思いを高まらせられなければ、成長戦略は実現しないのです。
そして「ここで成果を出したい」という思いの中核は、次の3点だと思っています。
- 成長機会があるか
適切な権限が与えられ、チャレンジする機会があり、学習環境が整っているか - 働きやすさがあるか
心身の健康が保たれ、自律的な時間があり、心理的安全性が維持されるか - 適切に報われるか
労働市場対比などを踏まえた昇給や、成果に応じた賞与の仕組みがあるか
この3要素が揃って初めて、優秀な人材が定着し、事業が成長してゆくインフラが整うのです。
成長分野企業こそ、昇給・賞与制度を整備しなくてはいけない
成長分野企業は、国が整備する社外市場(人材流動・学び直し)の恩恵を受けて、優秀な人材を採用しやすくなります。
その一方で、同じだけ「出ていくリスク」も高まってゆきます。
だからこそ、成長戦略を本気で実現しようとするのなら、企業は二段階で人事戦略を考える必要があります。
第一に、流動性に対応した採用の仕組みの整備です。
労働市場における人材価値を踏まえた、柔軟な報酬設定の仕組みがまず必須です。
このあたり、細かい話ですが、新卒採用を前提とした接続型給与レンジとかはもはやオワコン化しつつあります。
第二に、人を伸ばして報いる昇給と賞与の仕組みの整備です。
この分野でも、多くの日本企業では、新卒採用を前提として、横並びであることを重視してきました。
しかしこれから求められることは、今いる従業員の昇給検討においても、常に労働市場対比が必要になってくるということです。
それはやめてもいい人材と、やめられては困る人材との明確な区別をする、昇給と賞与の仕組みです。
第一の仕組みについては、多くの会社が、特別予算的に対応するでしょう。
けれども、第二の仕組みが古いままの会社では、せっかく雇っても、社内になじめず、人材が流出してしまいかねません。
「成長分野」という看板を掲げた瞬間に、その企業は人材市場の競争に真正面から晒されるからです。
年功的な自動昇給は、「辞める気がない人材」の会社で確実に残っていきます。
しかし、成長分野においては「よりよい環境を求める人材」が当たり前になります。
だからこそ、成長や成果が報酬に反映される仕組みは、とても重要性が増してゆきます。
なぜなら、社外市場が整うほど「社内で報われない会社」に残る理由が薄れるからです。
政府が「見つける・移る・学ぶ」を整備しようとする今、企業は「ここで成長すれば、ここで報われる」を約束しなければならないでしょう。
今始まる成長戦略の後押しは「50年に一度」級の仕掛けかもしれません。
だからこそ、人事戦略も50年に一度の改革が必要です。
仕組みが古いままだと、まず優秀層から、労働市場に吸い上げらてしまうからです。
成長分野企業こそ、優秀者に選ばれ続けるための昇給・賞与制度を整備するタイミングが来ています。



