優秀な若手が次々に辞めていく
こんにちは。平康慶浩です。
先日、ある製造業の社長とお話ししたときのことです。
「3年前に採用した若手が、この春に立て続けに2人も辞めたんですよ」と肩を落としておられました。
給与水準は同業他社よりも高い水準。福利厚生も整えている。
残業も昔に比べれば随分と減っている。
それでも、優秀と評判だった若手が短期間で去ってしまったのです。
「給料も上げたし、待遇も悪くない。それでもなぜ辞めるのか……」
社長の言葉には、経営者としての無力感がにじんでいました。
実は、この悩みは特別な話ではありません。製造業でも、IT業でも、サービス業でも、規模の大小にかかわらず、多くの会社で同じように起きています。
給与や待遇だけでは「辞めない理由」にならない
多くの経営者は「給与や待遇」に目を向けます。もちろん、給与が低すぎれば社員は辞めますし、労働条件が極端に悪ければ定着しません。
しかし、実際に離職を決断する理由は「給与額の低さ」そのものよりも、制度や評価の納得感が欠けていることにあります。
あるIT企業のエース社員は、年収800万円を受け取っていました。決して安くはありません。けれど彼は退職しました。その理由をこう語っています。
「金額そのものよりも、“なぜ自分がこの給与なのか”が分からないことがつらい」
見えないレシピで料理を出されるようなもの
社員からすると、評価や給与の決め方が不透明なのは、レストランで出された料理の値段に納得できないことと似ています。
例えば素材が素晴らしいもので、それをベテランシェフが調理している、となれば高くても納得する。
しかしそんな説明がなくて、見栄えもよくなかったりすると、料理になっとくしない。
価格と内容のバランスが納得できなければ、二度とその店には行きません。
給与や待遇は金額だけでなく、「納得できる説明」が不可欠なのです。
制度が業績を安定させる理由
人事制度は社員のモチベーションを左右するだけではありません。
「この会社に残りたい」と思う優秀人材が増えることが、業績の安定に直結するのです。

制度が行動を変える
制度が変わると社員の行動が変わります。
行動が変わるとチームの成果が変わります。
成果が積み重なると会社の業績が安定します。
シンプルですが、見落とされがちな因果関係です。
比喩:交通ルールが街の秩序をつくる
人事制度は、会社にとっての交通ルールのようなものです。
信号や標識がなければ車は自由に走れますが、事故が増え、街全体が危険になります。
制度がなければ社員は各自の判断で動き、結果的に組織がバラバラになってしまう。
逆に、ルールが明確なら安心してスピードを出せるのです。
制度は行動を縛るのではなく、行動の秩序をつくるものだと考えるとわかりやすいでしょう。
実例:営業評価の見直し
ある企業では、営業部門の評価を「売上額のみ」としていました。
その結果、トップセールスは数字を追いかける一方で、チームワークは崩壊。
新人育成には誰も手を出さず、部門の離職率は上がる一方でした。
そこで評価基準を「売上+顧客満足度」に改めたところ、状況は一変しました。
トップセールスが新人を育てるようになり、チーム全体の業績が底上げされました。
数字を持つ人が「仲間の成長」に時間を割くようになったのです。
橋を渡る人と制度という土台
制度は単なるルールではなく、行動の連鎖をつくる装置です。
人材が橋を渡っていくとき、橋の土台がぐらぐらしていたら不安で仕方ありません。
橋がしっかりしていれば、安心して前に進めます。
人事制度は、その「橋の土台」のようなものです。見えにくいけれど、なければ人は前に進めない。
制度を放置するリスク
では逆に、制度を放置するとどうなるのでしょうか。
- 評価の不透明さに不満を持つ社員が、転職市場に流れていく
- 残るのは「会社に依存する層」ばかりになり、組織の活力が失われる
- 採用コストをかけても、人材が定着せず、累積的に損失が膨らむ
あるサービス業の役員はこう語っていました。
「採用コストがかさんでいるのに、3年以内の離職率が高止まりしている。冷静に計算すると、実は“売上が伸びているのに利益が残らない”要因の一つが人材の回転率だった」
穴の空いたバケツに水を注ぐようなもの
制度を放置した採用は、穴の空いたバケツに水を注ぐようなものです。
どれだけ採用にコストをかけても、優秀な人材が次々と流出していけば、努力は報われません。
バケツの穴を塞ぐのが「制度」であり、採用活動そのものの前提条件なのです。
経営者に求められる視点
経営層が考えるべきは「給与水準の大小」ではありません。
「社員が安心して挑戦できる制度をどう設計するか」という視点です。
ある建設業の経営者は、人事制度改革に踏み切ったときにこう言いました。
「制度を変えるというのは、社員を信じるというメッセージだと思う。安心して挑戦できれば、業績は後からついてくる」
インフラ投資と同じ発想
人事制度は道路や水道のようなインフラに似ています。
普段は目立たず、短期的に収益を生むわけではありません。
しかし、インフラがなければ町は発展しない。
制度も同じで、普段は気づかれにくいけれど、会社の成長を支える基盤なのです。
制度が生み出す「辞めない理由」
優秀人材の離職を防ぐのは、給与額の多寡ではなく「制度そのものへの納得感」です。
納得感のある制度が、社員に安心と挑戦をもたらし、結果として業績の安定を実現します。
制度は単なるルールではなく、会社という船の羅針盤でもあります。
羅針盤がなければ船は迷走しますが、明確な方向が示されれば社員は安心して漕ぎ続けられます。
次回は「Z世代の育成が10年後の収益を決める」というテーマで、人材の世代交代を経営の視点から考えていきます。
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