文:平康 慶浩(セレクションアンドバリエーション株式会社 代表・人事コンサルタント)
近年、上場企業における人的資本の情報開示に関する議論が急速に広がっています。
評価制度、育成体系、スキルデータ、エンゲージメント指標など、企業内部のさまざまな情報を「可視化」して示すことが、経営の健全性や価値向上につながると語られています。
では、非上場企業においても、人的資本の情報開示は必要でしょうか?
この問いは、制度論というより、現場での経営の肌触りから生まれてきます。
そして私は、この違和感を無視して「可視化すべきです」と一方的に言うことはできません。
むしろ、こうも言えるのではないかと思っています。
非上場オーナー企業においては、「人的資本を可視化しないこと」にも十分な正当性があるのではないか。
今日は、その理由をお伝えしたいと思います。
可視化はもともと「外部への説明」のために生まれた概念
まず、企業における各種情報の可視化(情報開示)の起源を考えてみたいと思います。
企業が財務情報や内部状況を外部に開示するようになった背景には、株式市場があります。
- 投資家の判断材料を揃えるため
- 情報の非対称性を減らすため
- 経営の透明性を確保するため
これらはすべて「企業の外側にいる投資家」が主語になっています。
では、非上場のオーナー企業はどうでしょうか。
投資家はオーナーご自身です。
資金の出し手も、意思決定の主体もオーナーです。
つまり、可視化という行為の前提である「外部への説明」が、本来存在しません。
そう考えると、
可視化は義務でも必須要件でもなく、オーナーの裁量で選ぶ対象にすぎない
ということがわかります。
可視化しないことは、制度上も経営史上も、何ら問題のある選択ではありません。
可視化は、組織のスピードを弱めるリスクがある
オーナー企業の大きな強みのひとつは、意思決定のスピードです。
市場環境が変われば即座に動き、機会を見つければすぐ投資し、課題があれば即断で修正する。
この俊敏性は、多くのオーナー企業を支えてきた重要な資質です。
しかし可視化を進めると、“情報の固定化”が起こります。
- 「先月の資料と整合しません」
- 「この役割定義の範囲外です」
- 「評価基準がこう書いてあります」
- 「育成計画に載っていません」
など、可視化された内容が“期待値”として社員側に強く刻まれます。
一度文書として整備したものは、変更するたびに説明が必要になります。
その結果、経営のスピードは確実に鈍ります。
つまり可視化とは、
「透明性を得る代わりに、俊敏性を失う行為」
でもあります。 オーナー企業においてこのトレードオフは非常に大きく、軽視すべきではありません。
暗黙知の価値を、無理に言語化すると損なう場合がある
オーナー企業には、創業以来の文化や価値観が深く根づいています。
- 社長の判断基準
- 顧客との距離感
- 現場の温度感
- 仕事のスピード
- 品質へのこだわり
- キーマン同士の呼吸
こういったものは、必ずしも言語化や制度化に向いていません。
むしろ、言葉に落ちないからこそ価値がある「暗黙知」です。
可視化とは、この暗黙知に「形式知」への変換を要求します。
言語化すれば、その瞬間に解釈が生まれます。
解釈の違いを埋めるためにルールが増え、ルールは管理を生み、管理は本来の柔らかい価値を削ぎ落とします。
私は現場で何度も見てきましたが、
暗黙知の組織に可視化を強行すると、強みが薄まることがあります。
可視化は、魔法のように組織を良くする装置ではありません。
むしろ、繊細な価値を壊してしまう危険性もあります。
可視化にはコストがかかり、リターンが不明確なままになりがち
人的資本を可視化するためには、次のようなコストが発生します。
- データの設計
- スキル定義・職務構造の整理
- 評価制度の整備
- 更新サイクルの運用
- 説明資料や従業員向け説明
- 管理職への運用教育
- KPIによるモニタリング
- 必要な都度の改訂
上場企業であれば「投資家への説明」という明確なリターンがありますが、非上場企業の場合は必ずしもそうではありません。
採用や育成の面で役立つ側面はありますが、それは可視化以外のアプローチ(面談・説明・制度設計など)でも十分に達成できます。
つまり、
可視化は「高コストでありながら、必ずしもリターンが保証されない行為」といえます。
特にオーナー企業では、可視化に投じたコストが事業成長に直結しないことが多く、別の領域にリソースを回したほうが良い場合も少なくありません。
可視化しないことは「消極的」ではなく「戦略的」な選択
ここまで述べてきたように、非上場オーナー企業には
- 外部投資家がいない
- スピードが強み
- 暗黙知こそ価値
- コストとリターンが見合わない
という特徴があります。
この環境では、可視化をあえて進めないことは「やらないほうが良いからやらない」ではなく、「経営の価値を守るために選ぶ戦略的な判断」だと言えます。
オーナー企業には、形式よりも関係性のほうが強く機能する場面があります。
言葉よりも行動が伝わる場面があります。
制度化よりも呼吸が大事な場面があります。
可視化しないことは、こうした企業固有の強みを守り、柔軟で俊敏な経営を続けるための一つの姿勢だと私は考えています。
今回はここまで、可視化しないことの正当性をお伝えしました。
次回は、この前提を踏まえたうえで、「それでも可視化を考えるべき場面とは何か」について整理してみたいと思います。



