平康 慶浩(セレクションアンドバリエーション株式会社 代表・人事コンサルタント)
AI変革期に揺らいでいる「教育体系」の基本
AIによって業務が効率化される──この言い方はわずか2年ほどで使い古されました。
それくらい、AIはビジネスの現場に定着しつつあります。
そして多くの会社で、AIをどのように活用できるのかという観点から、DX(デジタルトランスフォーメーション)の文脈に基づき、AI教育を進めています。
あわせて、全社的な教育体系の見直しを図ろうとする会社も増えています。
弊社においても、半導体製造業やIT企業だけでなく、エッセンシャルな要素を持つ物流業や小売業においてもご相談をいただきながら、教育体系見直しをお手伝いしています。
その中で強く気づいたことについて、今日は2点、示したいと思います。
1つ目は、これまでの「階層型教育」が大きくゆらいでいるということ。
2つ目は、「パーパスに基づく教育」が強く求められているということです。
それは人事の根幹である「求める人材像」の揺らぎでもあります。
それがまさに教育体系に影響をおよぼしているのです。
これまでの教育体系は「事業の前提が変わらない」ことに依存していた
教育体系とは、企業が「どんな人材を育てたいのか」を可視化したものです。
そのため、会社としての職務とキャリアステップに基づく「階層別研修」を主軸として教育体系を設計していました。また職種別のスキルや知識についても別途体系化しました。
主任になれば主任研修
課長になれば課長研修
営業は営業研修
管理部門は管理系研修
つまり、教育体系は組織図に基づいて設計されてきたということです。
しかし、AIが職務の一部を代替し、意思決定の基盤を変えつつある今、「組織図そのもの」が頻繁に書き換わる時代になっています。
組織図が変わるのに、その写しである教育体系が変わらないわけがありません。
では、AI時代の教育体系はどうあるべきなのか。
私たち、セレクションアンドバリエーションの人事コンサルティングの現場で出てきた議論は「哲学的な前提」に基づくものでした。
従来の教育体系は、非常に安定した世界観を前提にしています。
事業構造は長く変わらない
顧客ニーズも大きく変わらない
職務内容も世代を越えて引き継がれる
この前提のもとで、企業は“階層”と“職種”による教育を組み立ててきました。
だからこそ、階層別研修では昇格するたびに必要なマインドやスキルをセットで習得する場を設けました。
職種別研修では、それぞれの職種に求められるコア・コンピタンスとして、商談のトーク手法や品質管理の技術、経理や人事にまつわる知識などを教育してきました。
しかしこれらは、やっている仕事が変わらないからこそ、成立していた考え方なのです。
そして今、AIによって「職務の境界そのもの」が曖昧になりつつあります。
営業がトークスキルを学ぶより、データ分析を前提としなければいけなくなる。
経理が経理知識よりもむしろ、業務プロセス改善手法を理解し実践しなければいけなくなる。
技術者は技術力に加えて、顧客接点を多数持つことが求められる。
そして管理職はマネジメント知識ではなく、むしろエッセンシャルな領域としての部下のメンタル管理やコミュニケーション補完を日常業務として行うようになる、などです。
つまり、教育体系を「職務前提」で設計していると、環境変化のスピードに教育の体系が追いつかなくなる、ということに、教育体系設計の現場で気づいたのです。
だから今、AI時代の教育体系は、「階層」と「職種」という二軸から解放される必要があります。
教育設計そのものが「ダブルループ志向」により“前提そのもの”を問い直す時代へ
教育体系の再設計で最も重要なのは、「何を学ぶか」より前に「何を前提に学びを設計するか」という思想です。
従来の教育体系は、「シングルループ志向」で成立していました(なのに教育の中身として「ダブルループ志向」を従業員に求めていたのは残念な矛盾でした)。
シングルループ志向(あるいはシングルループ学習)とは、既存の職務、既存の業務プロセス、既存の役職階層を前提として、その中での改善を目指す学習です。
簡単に言えば「改善による成長」を促す学習です。
この学習方法は、業務フローが安定している時代には非常に合理的です。特に新人や異動したての人材、昇進したての人材などに効果的な学習方法です。
しかし、AIが職務領域を侵食し、価値創造の構造が変わる時代には、前提を疑う学習としての「ダブルループ志向」が不可欠になる、と実感しています。
ダブルループ志向(あるいはダブルループ学習)とは、前提を覆すことまで考える学習方法です。
そもそもこの職務は本当に必要なのか?
この役職階層は妥当なのか?
顧客価値をどのように定義するべきか?
事業の前提はどこにあるのか?
このような職務の前提そのものに立ち返る学習がダブルループ志向です。
少なくとも、AI活用のフレームがビジネスプロセスで当然となる時代になるまで、ビジネスの現場では常に前提を疑うことが求められるのです。そのため教育体系設計においても、「どんな役割が未来に必要か」という抽象度で設計する必要があります。
これまで当然だった、「組織図の写し」としての教育体系設計ではなく、「新しい時代の価値創造の試行錯誤」としての教育体系設計が求められています。
米国先進企業は、制度より先に「教育の哲学」を変えた
AI時代の教育体系を考えるうえで、米国先進企業における取組は示唆に満ちています。
彼らは「制度を改善する」のではなく、「教育の前提を変える」ことから始めているのです。
以下では、教育に関連する部分だけを紹介しましょう。
●Amazon|職務に縛られない学び直し(Career Choice)
(参考)https://www.aboutamazon.com/news/workplace/career-choice
AmazonのCareer Choiceは越境学習そのものです。
・現在の職務に無関係な学び直しを支援
・医療・IT・物流・航空など別領域へ転身可能
・学習費用を最大95%支援
つまり、「いまの職務」が教育の起点ではない。
役職や職種に依存しない教育体系を導入したことで、従来の階層別学習の枠を壊した好例です。
●Microsoft|クラウド転換に合わせた役割ベース教育
クラウド化に伴い、Microsoftは教育体系を役割ベースに再構築しました。
技術職は「コーディング」だけでは完結しないし、営業は「販売」ではなく「顧客成功」、管理は「監督」ではなく「意思決定プロセスの調整」のような役割についての再定義を行ったのです。
つまり、事業戦略が変われば、必要な役割と教育も変わるという思想で設計されているのです。
●Google|戦略→役割→スキルの逆算型教育
(参考)https://rework.withgoogle.com
Googleは教育を“未来の事業戦略から逆算”して構築しています。
戦略が変わるから、必要な役割が変わる。そして役割に必要なスキルが変わる。
だから、研修体系が更新される、という教育体系が戦略に随伴する構造を明確にしました。
この順番こそ、教育体系の刷新における核心部分です。
●IBM|Skills First:学習できる人材が生き残る
(参考)https://skillsbuild.org/ja?utm_source=chatgpt.com
IBMは、教育体系において学歴・職歴ではなく、学習可能性(スキル)を軸としています。
職務経験より、学習意欲と学習速度。
長期経験より、短期で戦略に適応できる柔軟性。
職種ではなく、習得スキルの組み合わせで教育を設計しなおしました。
つまり、IBMにとって、教育とは「変化への適応力」を育てるための基盤だと定義しなおしたわけです。
これらの事例に共通しているのは、
「教育は固定された職務のためにあるわけではない」という姿勢です。
彼らは教育を“未来の役割”のために再定義しているのです。
スキルタクソノミー:誤解されやすいが過渡期の足場として機能する
近年、スキルタクソノミー(スキル分類体系)が急速に注目されています。
「O*NET」「ESCO」「UNESCOスキルフレーム」などが代表例です。
しかし私は、これらの取り組みをスキルの切り売りによるギグ化の象徴として誤解していました。
一個人としての経験やスキルの集合体ではなく、個別のスキルだけが労働市場でやり取りされることになるのでは、と危惧したのです。その結果として、市場単価の下落を招くことになるのでは、と思っていました。
それはあたかも、フレデリック・テイラーが提唱した科学的管理手法が、フォード式生産システムとして結実した結果、生産性の向上と引き換えに労働負荷を高めていったマイナス面のようなものではないかとも考えたのです。
タクソノミーには「労働の分解」「流動化」による市場原理的な側面が強くうまれるからです。
しかし、AI時代の教育という観点から見ると、タクソノミーは「過渡期の学習の足場」として非常に機能的だ、ということに改めて気づきました。
未来のビジネスフレームがまだ揺らいでいる中で、役割定義も職務も更新途中であるとするなら、戦略の方向性が定まらない事業も多いのです。
そんな“揺らぎの時代”において、タクソノミーは「最低限の共通の学び」を支える役割を果たすものだと、理解しなおしました。
1900年代初頭の労働者生産性向上が、やがて高度なホワイトカラー職務を普遍化させたように、タクソノミーによる変革が、将来の新しい職務を生むものだと考えたのです。
とはいえ、タクソノミーは万能ではありません。
だからこそ、タクソノミーとパーパス、2軸に基づく教育設計が必要です。
なぜなら、「価値創造のためのスキル」は粒度が粗すぎて、スキル・タクソノミーとしてぶ分類が極めて困難だからです。
たとえば、顧客価値の意味づけであったり、文脈理解、越境協働など。探索的思考もそうですが、これらをスキルとして分類し、明文化し、育成できるか、というと疑問が生じます。
しかしこれらのスキルは、新しいビジネス創造などの現場で必須となるものです。
だとすれば、どのようにこれらのスキルを従業員に獲得してもらうのか。
そのための軸がPMVV、企業としてのパーパスやミッション、ビジョン、バリューの定義にある、と私は考えました。
パーパスに基づく行動は、スキル分類の外側にある、と定義したのです。
パーパスやミッションが成立するのは文脈であり、分類ではなく「解釈力」に依存します。
つまり、タクソノミーは万能ではない。
しかし、足場としては非常に重要、という二面性を持っているのです。
AI時代の教育体系は「二層構造」で再定義するべきだ
ここまでの議論を踏まえると、AI時代の教育体系は次のように再定義しなくてはいけません。
【構造①:労働市場横断スキル(タクソノミー領域)】
目的:再現性のある基礎能力をつくること。
一般的なビジネススキルは、タクソノミーとして整理します。
どの企業でも通用するスキルを標準化することにより、体系的教育による習得を可能とします。
【構造②:企業固有スキル(パーパス/ミッション領域)】
目的:組織独自の価値創造能力をつくること。
自社特有の顧客価値の解釈、ブランド理解、組織文化への共感などを含む領域です。
自社だからこそこだわる意思決定の基準などもこの領域に含まれます。
ではなぜ二層構造で教育体系を設計すべきなのか。
理由は極めてシンプルです。
労働市場スキルとパーパススキルは「混ぜると教育体系が壊れる」からです。
労働市場スキルは、再現性を前提します。
だから教育で習得できるし、他の会社でも活用可能です。
一方でパーパススキルは、これまでの企業の形成してきた、組織文化などの文脈に依存します。パーパススキルを学んで身に着けたとしても、簡単に他社で使いこなすことはできません。
また、労働市場スキルは「熟練」による成長が期待されますが、パーパススキルは極端な話、新人の方が早く高度に習得できる可能性もあります。そして前提を覆すことに躊躇しやすい高齢者の方が習得が困難な場合もあるのです。
だからこれらの教育体系を二層に分けることで、人材の育成安定しやすくなります。
再現性のある基礎体力としての労働市場スキルを土台として設計し、自社独自の差別化要因としてパーパススキルを高めていく仕組みをつくりあげてゆくのです。
このような二層構造の教育体系こそが、AI時代における教育体系の「最小単位の構造」なのです。
(実際のプロジェクトでは単純な2層構造ではなく、もう少し詳細区分を行っています)
教育体系は「役割(価値創造レイヤー)」から設計する
最後に、教育体系を再構築するうえでもう一つ重要な視点があります。
それは、教育は「役職」ではなく「役割(価値創造レイヤー)」から設計するべきということです。
AI時代では、役職よりも両利きの経営としての、価値創造レイヤー(Exploration/Exploitation/Foundation)としての役割で分けるほうが本質に合っています。
●探索レイヤー(Exploration)
新規事業創出のための、顧客価値の再定義や、仮説構築・越境思考などが求められます。
●深化レイヤー(Exploitation)
業務改善やプロセス最適化、データ活用などが求められます。
●基盤レイヤー(Foundation)
業務遂行力、品質維持、組織運営の基盤構築などが求められます。
この三層は、職種や階層とは別の軸です。
そして教育体系は、この価値創造レイヤーを起点に設計すると、AI時代に必要な「役割ごとの学習体系」が自然に見えてきます。
このような考え方は、教育体系を階層別、職種別から解放するための重要な視点です。
(実務においては、これらを踏まえた人材ポートフォリオを設定しています)
教育体系設計は、企業が「未来の価値を生み出す方法」を設計すること
私たちはこれまで、AIが業務を変える、と理解してきました。
しかしAIが変えるものは「価値を生む構造そのもの」に他なりません。
その結果、教育体系も「階層×職種」という静的構造から脱し、「価値創造レイヤー×スキル二層構造」という新しいフレームに移行しなければなりません。
教育は組織図の写しではなく、企業の価値創造戦略の写像である。
これが、AI時代の教育改革の原点です。
※本稿で示した教育体系設計サービスの紹介ページはまだ作っていませんが、総合的なご案内はこちらで行っています。

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