セレクションアンドバリエーションの平康慶浩(ひらやすよしひろ)です。
最近、芸能記事を読んでいて、「あー、これ会社でもよくあるやつだな」と思ったことがありました。
千原せいじさんの7月18日のYouTubeのライブ配信時、対談相手の埼玉県戸田市議・河合ゆうすけさんに対しておこなった「お前、いじめられっ子やったやろ?」発言のこと。
これって会社の中でも同じようなことが起きている場合があります。
皆さんの会社でも見たことないですか?
部下や後輩をいじることで、場を盛り上げようとする上司とか先輩とか。
そういう上司や先輩のことを「優秀ないじめっ子」と呼んでみます。
別にこういうタイプの人を褒めているわけではないのでご注意を。
「優秀ないじめっ子」という存在
会社にいる「優秀ないじめっ子」っていうのは、あくまでも比喩表現。
まず前提として、仕事が早いとか、成果を出しているとか、そういう意味で本当に優秀な人。
でもその一方で、後輩をいじるのが好きだったり、強めの物言いで周囲を圧倒したりするタイプ。
たとえば、私が出会ったある役員。会議の冒頭で開口一番、笑いながらこう言うんです。
「うちの社員はバカばっかりでしょう」
もちろん冗談のつもりなんでしょうが、その瞬間、部屋の空気は少し凍りつきます。
本人は頭の回転が早くて、本当に優秀な方。だけど、そういう強さの見せ方が「格好いい」とされていた時代があったんだと思います。
あるいは、学生時代から体育会で鳴らしていた、がっしりした体格で、かつ頭のいい管理職の方。
でも弊社をまじえた懇親会の場で、後輩を呼び捨てでいじり始める。一見、場は盛り上がるんですが、こちらとしては「これは笑っていいのかな」と戸惑っていたりする。
世代による「当たり前」の違い
面白いのは、このような行動に対する認識が世代によってずいぶん違うということです。
- 60代くらいの人
学歴主義の全盛期に育っているので、「勝ち組」感が強い。成果を出すことが正義で、強気な態度も「頼もしい」と思われやすかった。 - 50代くらいの人
バブル世代で、勢いと押しの強さが評価された時代。ただし、その後のハラスメント防止の流れで、30代〜40代の頃に行動修正を迫られた経験がある。 - 40代以下
学生時代から「ダイバーシティ」とか「いじめはダメ」といった空気が強かったので、そもそも「乱暴でも許される」という感覚自体が薄い。
もちろん、全員がそうだというわけではありません。
でも、世代ごとに「どういう態度が“優秀”とされるか」の基準が微妙に違うのは確かだと思います。
「許されていたこと」が許されなくなる瞬間
同じ会社の中でも、時代の変化とともに「当たり前」は変わっていきます。
昔は通用していた言動が、ある日を境に急に浮いてしまうことがあるんです。
- 「社員はバカばっかり」と笑いながら言う役員 → 今なら炎上リスク。
- 飲み会で新人をいじる体育会先輩 → 今なら「ハラスメント研修で注意される行為」。
本人たちは悪意があるわけではなく、むしろ場を盛り上げようとしていたり、親しみを込めていたりする。
でも受け取る側の感じ方や、社会のルールが変わると、それは一気に「やってはいけないこと」に変わってしまうんですよね。
会社の中での「優秀さ」も変わってきた
昔は会社では「仕事ができる」「結果を出す」ことが圧倒的に優先されていました。
だから、多少乱暴でも頭が切れて成果を出す人は重宝されていた。
でも今は、
- 周囲と協力できるか
- 他者の意見を引き出せるか
- チームで成果を出せるか
こういう点が「優秀さ」に含まれるようになってきました。
「優秀ないじめっ子」タイプの人が、だんだん活躍しにくくなってきているのはそのせいです。
まとめ
私は人事コンサルタントとして、多くの会社を見てきました。
その中で感じるのは、「優秀ないじめっ子」の存在が、時代の流れの中で少しずつ居場所を失ってきている、ということです。
昔は成果を出すことが絶対的に正義で、そのための多少の乱暴さは「頼もしさ」とされていました。
でも今振り返れば、それはやっぱり間違っていたのだと思います。
成果を出していれば何をしても許される、という空気が、どれだけ多くの人を傷つけたり、黙らせたりしてきたか。
だからこそ大事なのは、今までの感覚を引きずらずに、自分の中の「あたりまえ」を変えていくこと。
そして同時に、周囲も「それはもう通用しないよ」と伝え、互いにアップデートを促すことです。
そうやってお互いの行動を少しずつ変えていければ、「優秀さ」の定義も自然に前向きなものへと変わっていくはずです。
時代は変わります。だから私たち自身も、その変化に気づき、行動を変えていかなければならないのです。

