強固な事業基盤確立による持続的成長と100年企業到達に向けた人事制度改革プロジェクト
設立1950年代
従業員約200名
売上約40億円
提供サービス人事戦略策定・人事制度設計
実施期間6ヶ月
支援時期2021年〜2022年
対象層・対象人数全社
事例サマリー
背景
関東地方に本社を置く通信・電設資材メーカー(従業員150名規模)の事例である。配線カバーをはじめとする電線保護材を主力とし、オリジナル商品の自社開発、自社工場での一貫生産、全国の販売網という3つを組み合わせた総合力を強みとしてきた。
同社は長期的な存続を経営目標として掲げていた。その到達条件として認識していたのは、業界水準を上回る成長率と高い利益水準の実現である。設備ではなく人の力に依存する目標であった。
達成には、生産ラインの改善による生産性向上、人材レベルの向上と新商材開発による客単価向上、既存顧客との関係深耕と新規顧客の開拓が同時に必要だった。いずれも従業員一人ひとりの行動が成否を分ける取り組みである。
一方、人員動態分析の結果は厳しいものだった。同社では50歳以上の在籍者が層として厚く、このまま推移すれば60歳以上が全体の4分の1を超える。若手・中堅人材の確保と早期育成は、経営の選択肢ではなく前提条件になっていた。
同社にはすでに3コースからなる等級制度があり、多様な人材の活躍を促す設計思想は存在していた。しかし制度が運用実態と噛み合わず、育成にも抜擢にも機能していない。事業基盤の強化を人事制度の側から支えるインフラとして作り直す必要があるとの判断のもと、セレクションアンドバリエーションに相談が寄せられた。
課題(Before)
通信・電設資材メーカーである同社が抱えていた人事制度上の課題は、次の7点である。
【1】等級ごとの定義が曖昧で、各レイヤに求める要件が明文化されていなかった。何を満たせば上位等級なのかが共有されていないため、昇格判断の根拠も、社員が努力を向ける方向も定まらなかった。
【2】管理職層に何を期待するのかが定義されていなかった。管理職になることの意味を組織として提示できず、キャリアの目標として選ばれにくい状態にあった。
【3】昇格の一次審査が在級年数と人事考課によって行われていた。年功的な運用が構造として残るため、成果と行動発揮の水準が高い若手を早期に抜擢する経路が実質的に存在しなかった。
【4】評価が目標管理制度(MBO)・行動評価・チェックリストの3層構造となり、コースと等級ごとにウェイトも異なっていた。運用負荷が高い割に、何をどう評価されたのかが被評価者に伝わらなかった。
【5】評語が本人に開示されていなかった。上司と部下の面談は実施されていたが、評価結果を根拠とした育成上のフィードバックが成立せず、評価が処遇決定のためだけの手続きにとどまっていた。
【6】月例給が基本給・職務給・資格手当・役職手当・調整給に分散し、コース・等級ごとに構成も異なっていた。何に対して支払われている給与なのかを会社が説明できず、処遇への納得感を損ねていた。
【7】給与改定が号俸制であり、評価結果が処遇に反映されるまでに時間を要した。加えて専門性を軸としたキャリアの位置づけが制度上不明確で、マネジメント以外の道筋を示せていなかった。
目的と設計方針
通信・電設資材メーカーである同社の事業基盤の強化を、人事制度の側から支えることが本プロジェクトの目的である。セレクションアンドバリエーションは設計の柱として、次の4点を置いた。
【1】事業基盤の構築に資する制度の構築
【2】管理職層を中心とした運用レベルの向上
【3】若手人材の育成と抜擢
【4】制度を活用するための浸透・運用支援
設計方針の起点に据えたのは「求める人材像」の明確化である。一般論としての「できる人」でもなく、業界一般の「できる人」でもなく、同社にとっての人材像を定義することを最初の作業とした。
人材像の抽出には、役職者インタビューに加えて組織風土診断(エンゲージメントサーベイ)とキャリアアンカー調査を用いた。経営戦略の側からと現場実態の側からの双方向で像を絞り込む手順である。
抽出した人材像は要素に分解し、等級基準・評価基準・育成基準・採用基準へ横断的に展開した。同一の人材像が、採用のスクリーニング基準となり、評価・報酬を通じた啓発の軸となり、等級定義を通じた期待の明示となる。
等級制度は複線型人事制度を選択した。専門職コースを軸としながら適任者を管理職層へ任用できる構造とすることで、専門性を発揮するキャリアとマネジメントを担うキャリアの双方を、正当な選択肢として提示できるようにした。
実際に構築した制度のポイント
通信・電設資材メーカーである同社に対して構築した制度の要点を、5つの領域に分けて示す。
【等級制度】
コース区分の考え方は現行を継承しつつ、管理者・専門職・総合職・事務職・製造職・物流職の6コースへ再編した。総合職の最上位等級、管理者コース、専門職コース、物流職コースを新設し、既存の2コースは名称を含めて再定義している。
階層は、管理者コースの上位層を職務等級(役割等級)、それ以外を行動等級とする二層構造とした。管理者コースは2階層、専門職コースは1階層、総合職・事務職・製造職は各5階層、物流職は2階層である。
全等級について、求められる役割と役職の目安を文章で定義した。等級定義の文章化は、昇格判断の根拠と社員への期待明示を同時に成立させる基盤となる。
【昇降格】
在級年数による一次審査を廃止し、昇格ポイント制を導入した。評価結果に応じて付与されるポイントを経年で累積し、等級ごとに定めた水準への到達を昇格の起点とする。高評価が続けば昇格が早まり、低評価はポイントを減じる。
あわせて飛び級制度を設けた。本人の実績と評価が突出している場合、上司が飛び級を推薦できる。若手の早期登用を例外運用ではなく制度上の正規ルートとするための仕組みである。
昇格判断は、現等級の卒業基準と上位等級の入学基準の両面から行う。上司推薦・論文・面接を経て、社長を議長とする評価調整委員会が最終決裁する。事務職・製造職・物流職の各コースでは、現等級の定義を完全に満たしているかを直属上司が判断する方式を基準に据えた。
管理者コースの職務等級(役割等級)は任用型の運用とした。ポストの空きや組織編成を任用機会とし、現ポストでの評価水準と後任の目途を条件に、評価調整委員会の提言に基づく社長決裁で決定する。
降格も制度として明文化した。直近の最低評価または低評価の2回連続を要件とした自動ノミネート、評価調整委員会での合議、改善面談による意思確認、1年の再チャレンジ期間を経た再審査という手順である。
【評価制度】
3層に分かれていた評価構成を、成果評価と職務・行動評価の2軸へ整理した。評価基準は5段階として標準を中央に置き、総合評価はコースごとに段階数を変えたうえで、点数の積み上げではなく上司の総合判断とした。
評価項目は、コース共通項目と等級別項目を組み合わせるマトリクスとして設計した。等級ごとに定義文を用意し、同じ項目名でも等級によって求める水準が異なることを明示している。
目標設定のフローも変更した。従来は本人が目標を記入していたが、上司が上位目標をマトリクス形式でブレイクダウンし、所属ミーティングで全員の目標を共有したうえで、個別面談でアクションプランを最終化する流れとした。
運用サイクルは、期初に行動評価項目と成果のすり合わせ、期中は月1回の1on1ミーティングによる支援、期末は本人によるアピール記入を評価根拠に組み込む構成である。最終評価は本人に開示する。
評価結果は、昇給率・賞与係数・昇格ポイント・教育の4つに接続させた。評価が処遇決定だけで完結せず、育成の起点として機能する設計である。
【報酬制度】
職務給・資格手当・役職手当・調整給を基本給に振り替え、月例給の構成を大幅に簡素化した。何に対して支払われている給与かを会社が説明できる状態にすることが目的である。
賃金テーブルは号俸制を廃止し、等級ごとに上限・下限を設けるレンジレート(範囲給)へ移行した。レンジ内にゾーンを設定し、下位ゾーンほど昇給しやすい設計とすることで、若手・中堅の処遇改善スピードを高めている。
給与改定は昇号数ではなく、評価結果に応じた昇給率で行う。賞与は基本給に会社支給月数と評価係数を乗じる算定式とし、各期の業績を速やかに反映できる構造とした。標準賞与月数は期初に評価調整委員会で仮置きする。
【移行と浸透】
制度切替に伴う不整合を避けるため、移行年度は旧評価と新評価を併走させる段階移行を設計した。前年度の通年評価に基づく昇格・昇進・昇給と移行年度の夏季賞与は旧方式、冬季賞与から新方式へ切り替える。
目標設定シートは移行年度の期首から新様式とし、上半期と通年の双方で評価できるようにした。年度途中からの切替に伴う評価期間の断絶を避けるための措置である。
浸透支援として、規程改定案、人事考課表・昇格推薦書等の運用フォーマット、社内承認獲得用資料、従業員向け説明資料を整備した。あわせて説明会と評価者研修(考課者研修)を実施している。
導入後の変化
【制度運用に生じた変化】
【1】昇格の判断根拠が在級年数から評価の累積へ移り、若手の早期登用が例外運用ではなく制度上の正規ルートになった。飛び級制度と合わせ、高齢化が進む人員構成のなかで次世代の担い手を前倒しで育てる経路が確保されている。
【2】評価結果の開示と月1回の1on1ミーティングにより、評価が処遇決定の手続きから育成の起点へと性格を変えた。期初の期待すり合わせ、期中の月次対話、期末の本人アピールという流れは、管理職のマネジメント能力を日常業務のなかで開発させる装置としても働いている。
【3】月例給が基本給中心に集約され、レンジレート(範囲給)と評価連動の昇給率へ移行したことで、何に対していくら支払われているかを会社が説明できる状態になった。処遇の説明可能性は、評価への納得感の土台となる。
【その後の事業展開に現れた変化】
制度改革から4年が経過した現在、改革時に同社が掲げた目標と方向を同じくする動きが、同社の公開情報からも確認できる。
【4】若手の採用と登用が継続している。同社の採用サイトに掲載された社員インタビューは、制度改定年度以降に入社した営業職・製造職・企画職の社員が中心を占める。若手を対外的な発信の前面に置く姿勢は、改革の柱の1つであった「若手人材の育成と抜擢」と一致する。
【5】新商材の開発が継続している。配線カバー・ダクト関連の新商品が毎年複数リリースされ、通信電設資材カタログの掲載アイテム数は4,000点を超える。人材レベルの向上と新商材開発による客単価の向上は、改革時に掲げた事業目標そのものである。
【6】顧客接点の拡張が進んでいる。電設工業分野の展示会に加え、ネットワーク技術者のコミュニティイベントや農業分野の展示会にも出展しており、従来の電設工事チャネルを越えた領域へ接点を広げている。既存顧客の深耕と新規顧客の開拓という改革時の課題認識と対応する動きである。
【7】営業組織の呼称が、支店単位の体制から東日本・西日本の営業部とグループを組み合わせた体制へ改められている。管理者コースの職務等級(役割等級)を任用型としたことで、組織編成の変更に人事制度が追随できる構造が整っていた。
同社が掲げる長期的な存続という目標に対し、人事制度はその達成を支えるインフラとして機能し続けている。
本プロジェクトの特徴
第1に、単一の「求める人材像」を制度全体の起点に置いた点である。制度を個別に整備すると、評価では求められるが等級定義には書かれていないといった不整合が生じやすい。ここでは等級定義・評価項目・育成基準・採用基準のすべてを同一の人材像から展開した。制度間で期待がずれなければ、社員は迷わず行動を変えられる。
第2に、評価の簡素化と対話の増設を同時に行った点である。評価の精度を上げようとすると項目とウェイトが増え、運用が重くなって形骸化する。逆に評価構成を2軸まで削り、削減した運用負荷を月1回の1on1ミーティングと結果開示へ振り向けた。納得感は評価項目の精緻さではなく対話の量から生まれるという判断である。
第3に、年功基準を廃止する際に、代替となる可視的な指標を用意した点である。在級年数を外すだけでは判断基準が失われ、運用は上司の裁量に流れる。累積ポイントという予測可能な指標を置くことで、社員には昇格までの道筋が見え、上司には説明可能な根拠が残る。
第4に、職種特性に応じてコースごとに運用を作り分けた点である。総合職には評価連動の昇格ポイント制を、事務職・製造職・物流職には現場の実態を踏まえた上司判断型の卒業・入学基準を適用した。全社一律の精緻な仕組みは、現場では運用されないまま終わる。
第5に、降格を明文化したうえで1年の再チャレンジ期間を組み込んだ点である。降格規定は運用されないまま残されることが多いが、それでは昇格基準そのものが緩む。自動ノミネートで恣意性を排し、同時に挽回の機会を保証することで、制度として機能させた。
第6に、手当を基本給へ統合するという見た目の変化が大きい改定を、段階移行と遡及清算で着地させた点である。制度の正しさと従業員の受容は別問題であり、移行設計は制度設計と同等の重要性を持つ。
第7に、この改革が人口構造の転換に先行して行われた点である。2031年から団塊ジュニア世代が順次60歳に到達し、ピラミッド型の人口構造を前提に設計された人事制度は一斉に機能しなくなる。同社は自社の人員動態分析からその兆候を先に捉え、約10年先んじて着手した。
担当コンサルタント: 平康 慶浩
最も判断を要したのは、在級年数を外したあとに何を置くかでした。廃止するだけなら簡単ですが、それでは上司の裁量に判断が流れ、かえって不透明になります。累積ポイントという形にしたのは、社員の側から昇格までの距離が見えることを優先したためです。評価項目を減らして1on1ミーティングに時間を振り向けたのも同じ考え方で、納得感は基準の細かさではなく、対話の量から生まれると考えています。
よくあるご質問
在級年数の代替として、評価結果を累積する昇格ポイント制を置くことが有効である。在級年数を単に廃止すると判断基準が失われ、運用は上司の裁量に流れて不透明になる。ポイント制であれば、社員の側から昇格までの距離が見え、上司の側にも説明可能な根拠が残る。本事例では、等級ごとに累積水準を定め、これに到達したうえで卒業基準・入学基準の審査、上司推薦、論文、面接を経て、社長を議長とする評価調整委員会が最終決裁する構成とした。
Q2. なぜジョブ型(職務等級制度)ではなく、複線型の行動等級制度を選んだのか。
従業員150名規模で職種の幅が広い製造業では、全社を職務等級制度で設計すると運用が破綻しやすいためである。職務記述書の整備と維持に要する負荷が、得られる精度に見合わない。本事例では、管理者コースの上位層のみ職務等級(役割等級)とし、それ以外は行動等級とする二層構造を採用した。専門職コースを軸に据えつつ適任者を管理職層へ任用できる複線型人事制度とすることで、専門性のキャリアとマネジメントのキャリアを両立させている。
Q3. 号俸制からレンジレート(範囲給)へ移行する際の最大の論点は何か。
昇給の原資配分を、どの層に厚く配るかという判断である。号俸制は全等級で同じピッチを刻むため、若手の処遇改善が遅れやすい。レンジレート(範囲給)ではレンジ内にゾーンを設け、ゾーンごとに昇給率を変えられる。本事例では下位ゾーンほど昇給しやすい設計とし、若手・中堅の処遇が早期に改善する構造とした。
Q4. 諸手当を基本給に振り替えると、従業員の反発は起きないか。
支給総額を維持したうえで移行設計を丁寧に行えば、反発は限定的である。反発の多くは金額の増減ではなく、変更の意図が説明されないことから生じる。本事例では、職務給・資格手当・役職手当・調整給を基本給へ統合するにあたり、旧評価と新評価を併走させる段階移行と給与の遡及清算を組み合わせ、従業員向け説明資料と説明会で意図を共有した。
Q5. 人事評価の結果は本人に開示すべきか、開示しないほうがよいか。
育成を目的とするのであれば開示すべきである。評語を伏せたまま面談を行っても、何をどう改善すればよいかが伝わらず、評価は処遇決定のためだけの手続きになる。開示に踏み切る場合は、評価基準の等級別定義と評価者研修(考課者研修)をあわせて整備することが前提となる。本事例では、開示と月1回の1on1ミーティングを同時に導入し、評価を育成の起点へ位置づけ直した。
Q6. 従業員150名規模の企業でも、複線型人事制度は機能するのか。
機能する。ただしコース数を増やすこと自体が目的化すると運用が破綻する。判断基準は、職種ごとに求める行動と昇格の判断方法が実際に異なるかどうかである。本事例では6コースへ再編したうえで、総合職には評価連動の昇格ポイント制を、事務職・製造職・物流職には上司判断型の卒業・入学基準を適用し、コースごとに運用の重さを変えている。