30代執行役員を生みだすための総合人事制度改革
設立1940年代
従業員約9,500名(連結)
売上約8,100億円
提供サービス人事戦略策定・人事制度設計
実施期間20ヶ月
支援時期2013年
対象層・対象人数全社
事例サマリー
背景
近畿地方に本社を置く同社は、スポーツシューズとスポーツアパレルを主力とするメーカーであり、支援当時すでに海外売上高比率が過半を超えていた。事業の重心が国内から海外へ、そして地域スポーツ店を軸とした流通からマーケティング主導のブランド事業へ移りつつある局面にあった。
事業構造の転換は、法人の形にも表れていた。国内事業は、マーケティング・ナショナルチェーン営業・百貨店営業・直営リテールを担う法人と、従来からの地域スポーツ店チャネルを担う法人とに分かれ、世界本社機能を担う法人と合わせて3社体制となっていた。求められる人材像は、法人ごとに大きく異なっていた。
一方で、人事制度は3社にまたがったまま、日本国内向けの一体運用が続いていた。加えて経営層には、グローバル競合企業の経営陣と自社の役員層とで年齢に10歳以上の開きがあるという認識があり、人材レベルそのものを引き上げる必要があるという問題意識が強かった。
事業がグローバル・マーケティング型へ移るのに対し、人の仕組みが国内型・年功型のまま取り残されている。これが改革の出発点である。
課題(Before)
支援当時 従業員約1,900名を対象とした現状調査により、以下の課題を特定した。実在者データの分析と、賃金テーブルに基づく賃金カーブのシミュレーションの双方から検証している。
1.管理職手前の等級では、賃金の大半が年功で決まっていた。年齢給・勤続給・職能給・資格手当の4要素で構成され、昇給テーブルの設計上、評価差が賃金にほとんど反映されない構造だった。
2.評価は毎年実施されていたが、月々の給与額に結びついていなかった。評価が何のために行われているのかが説明できず、運用の形骸化を招いていた。
3.早期昇格が可能な制度でありながら、運用が伴っていなかった。実在者分析では、管理職相当層が実質的に増え始めるのは40代前半であり、制度上の抜擢余地が使われていなかった。
4.上位層の報酬水準が、グローバル労働市場から採用できる水準に達していなかった。必要な人材を通常の等級で処遇できず、特別契約社員として個別に雇い入れる運用が常態化していた。
5.各等級の在籍人員数が、責任や職務のニーズと無関係に高止まりしていた。昇格のみが存在し、降格が制度として整備されていないことが原因である。
6.評価の運用方法、とくに評価分布の設定に対する社員の不満が蓄積していた。相対調整によって、実際の発揮行動と評価結果が乖離するケースが生じていた。
7.能力評価が、発揮の有無を問わない潜在能力の評価となっていた。協調性や積極性といった主観的な項目が中心で、評価結果に再現性がなかった。
8.3法人にまたがって社員が所属し、うち相当数が出向者として他法人で勤務していた。処遇の基準が法人ごとに異なるため、出向者の整合性を個別調整で処理せざるを得なかった。
目的と設計方針
同社に対し、セレクションアンドバリエーションが設定した目的は「人材の成長によって事業の成長を生み出す」ことである。そのうえで、シンプルかつ公正に運用できることを同格の要件として置いた。
設計方針は4点である。
1.フェアで魅力ある報酬決定。優秀な人材の採用と引き留めを成立させる水準と構造を確保する。
2.事業成長へのフォーカス。高い生産性を実現し、収益と人材への再投資が循環する仕組みとする。
3.シンプルな運用。給与要素と評価種類を絞り込み、現場が理解できる範囲に収める。
4.グローバル人材インフラ。国や地域を限定せずに勤務する人材を、例外扱いではなく制度の中で処遇できるようにする。
方針の中核に置いたのは、「求める人材像を言語化し、その発揮行動を評価軸とする」ことである。潜在能力ではなく発揮された行動を測ることで、評価に再現性を持たせ、育成と処遇を同じ基準で語れる状態を目指した。
実際に構築した制度のポイント
同社において構築した制度の骨格は、6段階の行動等級と職務等級を組み合わせたダブルラダー(複線型等級)である。
1.行動等級(コンピテンシーバンド)を6段階で定義した。上位から、経営執行層、部門統括層、管理職層、高度専門層、自律遂行層、習熟層とし、各段階に期待する行動を明文化した。管理職層と高度専門層を並置することで、専門性による上位進出を可能にした。
2.職務等級(ジョブグレード)を併用した。管理職層以上について、対外的な責任、業務範囲、要求技能、管理範囲の4要因からジョブサイズを判定し、ポストごとに職務給を設定した。行動等級が「人の成長」を、職務等級が「責任の大きさ」を担う二軸構造である。
3.職群管理を導入した。勤務地を限定しないグローバル職群、勤務地域を限定しないコア職群、勤務地域を限定するローカル職群の3区分とし、職群ごとに就業規則・報酬体系・報酬水準を分けた。職群間には基準水準の差を設け、本人申請と会社ニーズの双方から転換できる経路を用意した。
4.能力評価からコンピテンシー評価へ全面移行した。コンピテンシーディクショナリは、同社が掲げる価値観に関する全社アンケート結果を統計分析して作成し、欧州の地域統括法人が採用していた基準との整合性も確保した。全社共通項目に加え、等級別・職種別のモデルを設定している。
5.目標管理制度(MBO)とチーム業績評価を使い分けた。職務等級が明確な層には個人目標を設定する一方、目標の定量性と納得性を確保しにくい層にはチーム目標を共有し、チームの達成度に応じた配分方式で個人評価を決定する設計とした。
6.給与体系を簡素化し、レンジレート(範囲給)へ移行した。4要素の本給を基本給と職務給の2要素に統合し、家族手当・住宅手当・地域手当等は管理職層以上で廃止して基本給に算入した。昇給はレンジ内の位置とコンピテンシー評価結果を掛け合わせたマトリクス型とし、上位ゾーンでは標準評価でも昇給しない構造とした。
7.昇格の最低滞留年数を廃止し、2段階運用に切り替えた。上位等級の共通コンピテンシーで一定の絶対評価水準に達した者をノミネートし、ポストの空きに応じてアセスメントを実施する。降格についても、ノミネート基準、アセスメント手順、降格後の処遇までを制度として明文化した。
8.【移行と浸透】移行時の原資と激変緩和を設計に織り込んだ。上限を超える在籍者には調整給を支給し、毎年当初額の3分の1ずつ減額して解消する。下限を下回る在籍者には高めの改定テーブルを適用し、レンジ内への自然な収束を図る。固定残業制度の廃止に伴う賞与算定基礎額の目減りは、基本給への算入によって補填した。あわせて、評価者とアセッサーの育成研修を制度稼働と並行して実施し、評価の妥当性を組織内で担保できる体制を整えた。
導入後の変化
1.昇格・降格の決定機関として設計した人事委員会が、現在も機能している。同社のコーポレート・ガバナンス報告書(2025年7月11日更新)には、グローバル経営幹部の後継者候補を人事委員会が選抜し、個別の育成計画を策定する旨が記載されている。制度設計時に「客観性を担保するための機関決定」として位置づけた仕組みが、後継者マネジメントの中核へ発展している。
2.昇格要件として設けた階層別研修が、教育体系の中に残っている。同社の採用情報では、昇格時研修、次世代リーダー向けの選抜型プログラム、経営基礎研修などが並記されている。研修受講と昇格ノミネートを接続した設計が、育成投資として定着したことを示す。
3.グローバル職群の考え方が、グループ全体の人事基盤統一へ拡張されている。2024年に公開された同社人事責任者のインタビューでは、グローバル共通のタレント基準と人事システムの統一を基盤整備として完了し、実行フェーズに入ったことが語られている。国と地域を限定しない人材を制度の中で処遇するという2013年時点の設計思想が、グループ規模へ広がった形である。
4.組織の構成が、国内中心からグローバル中心へ移った。連結従業員数は6,585名(2014年3月末)から9,455名(2025年12月末)へ増加した一方、日本地域の従業員数は2,021名(2014年3月末)から1,289名(2025年12月末)へ減少している。職群を分けて設計したことにより、構成比の変化が生じても処遇の統合作業を一から行う必要がない状態が保たれている。
5.報酬水準が上昇している。単体の平均年間給与は674万円(2014年3月末時点)から998万円(2025年12月末時点)へ推移した。改定時に設けたのは、管理職層以上の給与上限を引き上げ、労働市場から人材を確保できる幅を確保する枠組みであり、その枠組みの中で水準が移動したことになる。
6.事業規模も拡大している。連結売上高は2,601億円(2013年3月期)から8,109億円(2025年12月期)へ推移した。業績は市況・為替・ブランド戦略など多数の要因に左右されるものであり、人事制度の寄与を切り出すことはできない。ここで指摘できるのは、規模が3倍を超えて拡大する過程で、等級・評価・報酬の骨格を作り直す必要が生じなかったという事実である。
人事制度は、導入時点の完成度ではなく、その後に自社で更新できているかどうかで評価される。セレクションアンドバリエーションが設計した行動等級と職務等級の二軸、および職群管理の枠組みは、同社において、事業構造と組織構成が大きく変化してもなお運用され続けている。
本プロジェクトの特徴
本案件で判断を要した論点は4つある。
1.降格を制度として設計した。
一般的には、昇格制度は精緻に作り込む一方、降格は「運用で調整する」領域として明文化を避けがちである。本案件では、降格のノミネート基準、アセスメント手順、降格後1年目と2年目以降の処遇までを制度に書き込んだ。
その判断の根拠は2つある。第1に、昇格の最低滞留年数を廃止して抜擢を加速させる以上、各等級の人員が高止まりする構造を同時に解かなければ、制度全体が成立しないためである。第2に、降格は減給を伴うため、明文化された基準と手順、および激変緩和措置がなければ、人事権の濫用と判断されるリスクを負うためである。基準を曖昧にすることは、実務上は運用の自由度ではなくリスクの温存にあたる。
2.全社員一律の報酬水準に揃えなかった。
一般的には、グローバル対応を掲げると、全社員の報酬水準を国際基準へ引き上げる方向で議論が進む。本案件では、労働市場の異なる3職群に分割し、職群間の報酬レンジが重複しない設計を採った。
根拠は、対象となる労働市場が実際に異なるからである。国や地域を限定せずに勤務する人材と、勤務地域を限定する人材とでは、競合する採用市場も、代替の効きやすさも違う。全社員を最も高い市場水準に合わせれば人件費が成立せず、最も低い水準に合わせれば必要な人材が採れない。市場ごとに制度を分けることが、唯一成立する解であった。
3.若手抜擢の副作用を、抜擢制度と同時に設計した。
一般的には、抜擢の仕組みを導入した後で、社内に生じる不協和音への対応を検討する。本案件では、抜擢制度の設計と同時に緩和策を組み込んだ。年齢を問わない挑戦であることを制度上明確にし、上位等級への挑戦経路を年齢で閉じない構造とした。あわせて、勤務地域を限定する職群には従来型の処遇を相当程度残した。
根拠は、抜擢制度が機能不全に陥る理由の大半が、制度の欠陥ではなく組織の受容度にあるためである。優遇の印象が先行すると、抜擢された本人が孤立し、運用そのものが止まる。
4.目標を設定できない層に、個人目標を強制しなかった。
一般的には、目標管理制度は全社員に一律適用する。本案件では、職務等級が定まっていない層には個人目標を設定せず、チーム目標を全員で共有したうえで、チームの達成度に応じた評価点を配分する方式を採った。
根拠は、すべての社員に定量的で納得性のある目標を設定できるとは限らないためである。納得性の低い目標を起点に達成度を測れば、評価は不公平になる。目標管理制度の適用範囲を制度として限定することが、評価の納得性を守る方法であると判断した。
担当コンサルタント: 平康 慶浩
最も判断を要したのは、昇格を速くすることではなく、降格をどこまで制度化するかでした。抜擢だけを制度化すれば、上位等級の人員は増える一方となり、数年で行き詰まります。減給を伴う以上、基準と手順、そして激変緩和までを明文化しなければ法的にも成立しません。書きにくい部分を先に書いておくことをご提案し、経営としてそれを引き受けられたことが、この制度が長く使われている理由だと考えています。
よくあるご質問
まず、現行の賃金テーブルで評価差がどれだけ賃金に反映されるかを実額で
検証することから始めるべきである。多くの企業では、評価制度は存在するが
昇給テーブルの設計上、評価差が数年で吸収される構造になっている。評価の
設計を変える前に、賃金テーブルが評価差を通す構造かどうかを確認しなければ、
評価だけが精緻になり運用負荷が増える結果になる。本事例では、最高評価と
最低評価を取り続けた場合の賃金カーブをシミュレーションし、管理職手前の
等級では昇格以外にほぼ差が生じないことを可視化したうえで、レンジレート
(範囲給)とマトリクス型の給与改定へ移行した。
Q2. 行動等級(コンピテンシー等級)と職務等級(ジョブ型)は、どちらか一方に
絞るべきか。
絞る必要はない。両者は測っている対象が異なるため、併用が可能である。
行動等級は人の成長段階を、職務等級はポストの責任の大きさを表す。一方に
絞ると、行動等級のみでは高い責任のポストに見合う報酬を出せず、職務等級の
みではポストに就くまで育成の指標が存在しない状態になる。本事例では、
行動等級を全社員に適用したうえで、管理職層以上に職務等級を重ねる
ダブルラダー(複線型等級)を採用し、育成の軸と報酬の軸を分離した。
Q3. なぜ能力評価を残さず、コンピテンシー評価へ全面的に移行したのか。
能力評価とコンピテンシー評価を併存させると、評価者が両者を区別できず、
結果として主観評価に回帰するためである。能力評価は発揮の有無を問わず
保有能力を測るため、再現性の検証ができない。コンピテンシー評価は実際に
とった行動を測るため、本人に説明責任、上司に傾聴と質問の責任が生じ、
面談が機能する。本事例では能力評価を廃止し、コンピテンシーディクショナリと
等級別・職種別モデルを整備したうえで、評価者研修を制度稼働と並行して
実施した。
Q4. 昇格を早めるために、降格制度は必要か。
必要である。昇格の要件を緩めれば上位等級の人員は必ず増え、責任や職務の
必要数と乖離する。降格制度がなければ、その乖離は人件費と組織構造の
双方に蓄積する。ただし降格は減給を伴うため、基準・手順・降格後の処遇を
制度として明文化し、激変緩和措置を設けることが前提となる。本事例では、
降格後1年目は調整給で差額を補い、2年目以降に本来水準へ移行する設計とし、
あわせて降格者を再び昇格ノミネートの対象とする経路を用意した。
Q5. 人事制度は何年くらいで作り直す必要があるのか。
等級構造そのものは、5年から10年、設計次第ではそれ以上の耐用年数を
持たせられる。作り直しが必要になるのは制度が古びたときではなく、等級の
定義と事業実態が食い違ったときである。したがって、事業構造が変わっても
定義がずれない軸を選べるかどうかが分岐点になる。本事例では、2014年に
稼働した行動等級と職務等級の骨格が、国内中心からグローバル中心への
組織構成の変化を経て運用されており、変更されたのは基準の中身であって
枠組みではない。
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