平康 慶浩(セレクションアンドバリエーション株式会社 代表・人事コンサルタント)
AIが入ると、人と人の会話は減るはず?
「AIが普及したら、社員同士のコミュニケーションが減るのでは?」
AIの社内導入を検討しているクライアント企業で、よく出てくる心配事です。
AIに聞けば答えが返ってくるなら、わざわざ同僚に質問しに行く必要はなくなる。
ベテランの知恵を借りに行く場面も減る。
結果として、社内のコミュニケーションがどんどん減って、組織がバラバラになる。
そう考えるのは自然です。私もそう予想していました。
ところが、INSEADのPhanish Puranam教授らが2026年に発表したフィールド実験は、まったく逆の結果を示しています。
AIを導入したチームでは、社員同士の協働も、意見を聴きに行く行動も、むしろ増えた。
しかもその増え方が、スペシャリストとジェネラリストで違っていた。
これは、AI時代の人事評価や組織設計を考えるうえで、非常に重要な発見です。
実験の概要 ── 316名、42チーム、3か月のフィールド実験
この研究は、中欧のテクノロジーサービス企業で行われたランダム化比較実験です。
316名の社員が参加し、42チームをランダムに2群に分けました。
処置群にはGPT-4ベースの社内特化型AIアシスタント(RAGで社内ナレッジベースと接続)を導入し、統制群にはAIなしで通常業務を続けてもらいました。
期間は3か月です。
参加者は3つの役割に分かれていました。
ジェネラリスト(営業担当、217名)、スペシャリスト(技術サポート、67名)、マネージャー(34名)です。
導入されたAIアシスタントは、社内文書の検索・要約、顧客履歴(CRM)の参照、過去のメールや会議記録からの情報抽出ができるものでした。
たとえば営業担当者は、顧客訪問の前にAIに過去の取引履歴と関連商品情報をまとめさせる、といった使い方をしていたものです。
測定したのは、社員同士の「協働ネットワーク」(誰と一緒に仕事をしたか)と「知識共有ネットワーク」(誰に専門知識を聴きに行ったか)の変化、そしてプロジェクト完了数です。
3つの発見 ── 「減る」のではなく「増える」
発見① AIを使うチームは、人と人のつながりが増えた
まず全体の結果です。
AI導入チームでは、協働ネットワークの結節度(つながりの数)が7.77増加しました。一方、統制群(AIなしの人たち)はわずか1.12の増加。
その差は6.65で、統計的にも有意な結果が出たのです。
知識共有ネットワークでも同様で、AI導入チームは5.21の増加に対して統制群は0.84。差は4.37と、これも統計的有意な結果でした。
つまり、AIが使われることで、社員はより多くの人と協働し、より多くの人に知識を聴きに行くようになったのです。
なぜでしょうか。
研究チームは、AIが2つの役割を果たしたと分析しています。
一つは「翻訳者」としての役割です。
AIが専門用語を噛み砕いたり、異なる部門の文脈を橋渡しすることで、部門を超えた協働のコストが下がったのでは、という考え方です。
AIが事前知識を補填してくれているので、他の専門家に話しかけるハードルが下がり、結果として会話が増えたのではないか、という意見です。
もう一つは「知識の触媒」としての役割です。
AIが社内のナレッジベースを検索・統合してくれることで、個人が持つ知識の「引き出しやすさ」が上がった。
言い換えるなら、あることに詳しい人は、もっと詳しくなったのでは、という期待感の醸成です。
すると、その人に聴きに行く価値が高まり、結果として人と人のつながりが強化された、という分析です。
発見② スペシャリストは「聴かれる人」になり、ジェネラリストは「成果を出す人」になった
ここからが本題です。AIの効果は、職種によって違いました。
スペシャリスト(技術サポート)は、知識共有ネットワークにおける中心性がより大きく向上しました。
つまり、「この人に聴けばわかる」と認識される存在として、より多くの人から頼られるようになったのです。
一方で、ジェネラリスト(営業担当)は、プロジェクト完了数が大きく増加しました。
多くの領域にまたがる業務を統合する力がAIによって増幅され、実行スピードが上がったのです。
この非対称性は、理論的にも納得がいきます。
スペシャリストの持つ深い専門知識は、AIでは簡単に代替できません。
むしろAIが「翻訳者」として機能することで、スペシャリストの知識にアクセスするコストが下がり、彼らの存在価値が相対的に高まったのです。
一方、ジェネラリストはもともと広く浅い知識で部門間の調整を行う役割です。
AIが情報収集や資料作成を代行してくれることで、本来の強みである「統合・調整」にもっと集中できるようになったのです。
発見③ AIは人間を代替するのではなく、人間同士の関係を「配線し直す」
この研究の最も重要なメッセージは、AIの効果を「個人の生産性向上」だけで捉えてはいけない、ということです。
この実験により、AIは、組織の中の人と人のつながり方そのものを変えることがわかりました。
研究チームはこれを「組織の社会構造を配線し直す(rewire)」と表現しています。
ルーティンの問い合わせはAIが吸収し、その代わりに、より高い価値を持つ人と人のやりとりが増える。
雑談が減るのではなく、雑用が減って本質的な協働が増えるという効果が見られたのです。
日本企業の人事部門への4つの示唆
① 「個人の成果」だけを見る評価制度は、AI時代に合わない
この研究が示しているのは、AIの効果は個人の中だけで完結しないということです。
スペシャリストがAIを使うことで「聴かれる人」としての存在感が増し、組織全体の知識循環が活性化する。
人事に置いて注意すべきは、この効果は、そのスペシャリスト個人の「成果」としては見えにくい、という点です。
しかし、組織全体のパフォーマンスには大きく貢献しています。
現在の評価制度の多くは、「個人が何を達成したか」を軸に設計されています。
しかしAIが組織のネットワーク構造を変える世界では、「この人がいることで、周囲の生産性がどう変わったか」という影響力の評価も必要になります。
私はこれを、評価制度における「ネットワーク貢献の可視化」と名付けてみました。
② スペシャリストとジェネラリストの評価基準は、分けて設計すべき
この実験の結果は、「全社一律の評価基準」の限界を明確に示しています。
スペシャリストにとってのAI効果は「知識ハブとしての価値向上」であり、ジェネラリストにとっては「統合・実行力の増幅」です。
にもかかわらず、同じ基準で「プロジェクト完了数」だけを評価すれば、ジェネラリストが高く評価され、スペシャリストの貢献は見えなくなります。
逆に「知識共有への貢献」だけを見れば、ジェネラリストの実行力が過小評価される。
AI導入後の評価制度は、職種ごとに「AIがどのような形で価値を増幅するか」を理解したうえで、評価指標そのものを分けて設計する必要があります。
③ 「社内特化型AI」の導入は、組織開発の施策でもある
この研究で使われたのは、汎用のChatGPTではなく、社内のナレッジベースに接続された特化型AIでした。
これが重要です。
汎用AIは個人の生産性を上げますが、社内の人と人のつながりを変える力は限定的です。
一方、社内特化型AIは「誰がどんな知識を持っているか」を可視化し、部門を超えた協働のコストを下げることで、組織のネットワーク構造そのものに影響を与えます。
つまり、社内特化型AIの導入は、IT部門の施策であると同時に、組織開発の施策でもあるのです。
人事部門は、その設計段階から関与すべきだと考えます。
④ 「AIに置き換わらない人」の特徴が見えてきた
この研究で、AIが導入されても存在価値がむしろ高まったのは、深い専門知識を持つスペシャリストでした。
AIは「聴きやすさ」を上げることで、スペシャリストの価値を増幅しました。
しかし、スペシャリストの知識そのものを代替することはできなかった点に注目すべきでしょう。
一方、ジェネラリストの知識は、AIが代替しやすい領域と重なる部分が多い。
今回の実験ではジェネラリストも成果を上げましたが、AIの能力が向上していけば、この優位性は縮小する可能性があります。
人材育成の方針として、「AIと共存できる深い専門性」を持つ人材をどう育てるかは、これからの人事部門にとっての重要な問いです。
「幅広く浅く」のジェネラリスト育成だけでは、AI時代を乗り切れないかもしれません。
AIの効果は「組織の配線図」に現れる
この論文を読んで私が一番印象に残ったのは、「rewire(配線し直す)」という表現です。
AIは個人の能力を増幅するだけではない。組織の中で、誰が誰に頼り、誰が誰と協力するか。その「配線図」を書き換える力がある。
人事部門が考えるべきは、「AIを導入するかどうか」ではなく、AIが組織の配線図をどう変えるかを理解し、それに合わせて評価・報酬・育成・組織設計を調整することです。
「AIを使うと人と人の会話が減る」という心配は、少なくともこの実験では杞憂でした。
むしろAIは、組織の中に埋もれていた知識と知識、人と人をつなぎ直してくれたのです。
問題は、その変化を人事制度がキャッチできるかどうかです。
論文情報
Büchsenschuss, R., Koch-Bayram, I., Biemann, T., & Puranam, P. (2026). The Impact of Generative AI Adoption on Organizational Networks: Evidence From A Field Experiment. INSEAD Working Paper 2026/01/STR.
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