学歴よりスキルで採る会社は、本当に強くなるのか?─ Harvardの「スキルベース人事」は、日本の職能型の焼き直しではないのか

平康 慶浩(セレクションアンドバリエーション株式会社 代表・人事コンサルタント)


目次

「スキルで人を見る」は、日本では50年前からやっていた

Harvard Business SchoolのBoris Groysberg教授が2025年に発表した「Skills-First Talent Management」シリーズは、欧米の人事業界で大きな注目を集めています。

学歴ではなくスキルで人を採る。スキルの成長に基づいて育成し、評価する。
ポジションではなく、人が持つ能力を軸に人材マネジメントを設計する。

ここまで読んで、人事の実務に携わってきた方なら、こう思いませんでしたか。

「それ、日本の職能資格制度と何が違うの?」

私も最初にこのシリーズを読んだとき、正直そう感じました。

職能資格制度は、1970年代に日本で定着した制度です。
「職務を遂行する能力」に基づいて従業員を等級づけし、処遇に反映する。
特定のポジションではなく、人が持つ能力を見る。
まさに「スキルベース」の発想です。

それが50年経って、Harvardから「新しいアプローチ」として提唱されている。

これをどう受け止めるべきか。
単なる先祖返りなのか、それとも本質的に異なるものなのか。
今回は、この問いに正面から向き合ってみたいと思います。


Groysbergのシリーズが提唱していること

まず、研究の中身を確認しましょう。

Groysberg教授のチームは、2025年に5本のテクニカルノートと1本の総括ノートを発表しました。採用、オンボーディング・育成・パフォーマンス管理、エンゲージメント・リテンション、マネージャーの役割、AI活用。この5つの領域を「スキル」という共通軸で貫く人材マネジメントの体系です。

その主張を要約すると、こうなります。

学歴や資格ではなく、実証可能なスキルに基づいて人を採用する。入社後はスキルマップで現状を可視化し、職務要件とのギャップに基づいて育成計画を立てる。パフォーマンス評価も、成果だけでなくスキルの獲得・発揮を軸に行う。キャリアパスもスキルベースで設計することで、エンゲージメントと定着率が向上する。

IBMの事例では、多くのポジションから学位要件を撤廃し、代わりにスキルの実証を求める仕組みに切り替えています。

「人」が持つ能力に着目し、それを軸に採用から退職までを一気通貫で管理する。

こう整理すると、やはり職能資格制度との類似性は無視できません。


職能資格制度は、なぜ問題になったのか

ここで、日本の職能資格制度がたどった道を振り返ってみましょう。

職能資格制度の理念は、実はとても合理的でした。「年齢」ではなく「能力」で人を評価する。
特定の職務ではなく、幅広い職務を遂行する力を育てる。
長期雇用を前提に、社員の成長を促す。

しかし、運用を重ねるうちに3つの構造的問題が顕在化しました。

第一に、「能力」が目に見えない。 職務遂行能力は直接観察しにくいため、評価が「経験年数」の代理変数に置き換わりました。
「10年やっているからこのスキルはあるはず」という推定が常態化し、結果として年功的な処遇が固定化された。

第二に、等級が下がらない。 「能力は一度身につけば失われない」という前提のもと、職能等級には降格がほぼありません。
企業が成長しているうちは問題になりませんが、成長が鈍化すると、実力以上の等級にとどまる社員が人件費を圧迫します。

第三に、外部労働市場との接続が弱い。 職能資格制度は社内でのキャリア形成を前提としているため、スキルの定義が社内固有のものになりがちです。「うちの会社のS3等級」と言われても、転職市場では何の意味も持たない。結果として、人材の流動性を抑制する方向に作用しました。


スキルベース人事は、この3つの問題を解決できるか

では、Groysbergが提唱するスキルベース人事は、これらの問題を乗り越えているのでしょうか。

正直に言えば、その保証はどこにもありません。

「目に見えないスキル」問題は残る

スキルベース人事が対象とする「スキル」には、プログラミング言語の習熟度のような可視化しやすいものもあれば、「リーダーシップ」「問題解決力」「コミュニケーション力」のような曖昧なものも含まれます。

後者の評価は、結局のところ上司の主観に頼らざるを得ません。これは職能資格制度が陥ったのと同じ罠です。

SHRMの2025年調査でも、スキルベース採用を推進する企業の課題として「スキルの一貫した評価の難しさ」が指摘されています。
スキルを定義しても、それを公正に測定する手段が追いつかなければ、結局は「経験年数が長い人の方がスキルが高いはず」という推定に戻る可能性があります。

年功的処遇を再生産するリスク

スキルベース人事では、スキルの獲得に応じて等級や報酬が上がる設計が想定されています。

しかし、スキルの「獲得」をどう認定するのか。もし認定基準が甘ければ、在籍年数とともにスキルが蓄積され、等級が上がり続ける──まさに職能資格制度と同じ構造が再現されます。

さらに、スキルベース人事には「スキルの陳腐化」への対処が求められます。3年前に獲得したスキルが、今も同じ価値を持つとは限りません。しかし、一度認定したスキルを「失効」させる仕組みを持つ企業は、まだほとんど存在しないのが実情です。

人材流動性を本当に高めるか

Groysbergのシリーズは、スキルベースのキャリアパスが社内異動を活性化させると主張しています。

しかし、ここにも疑問があります。スキルの定義が社内固有のままなら、職能資格制度と同じように「社内でしか通用しないスキル体系」になりかねません。

逆に、業界横断的な共通スキルフレームワーク(スキルタクソノミー)に基づいてスキルを定義すれば、社員が自分のスキルを他社でも通用する形で可視化できるようになり、転職のハードルが下がります。これは企業にとっては両刃の剣です。人材の流動性は高まりますが、優秀人材の流出リスクも高まる。


それでもスキルベースが職能型と「違う」と言える条件

ここまで批判的に検討してきましたが、では、スキルベース人事に独自の価値はないのでしょうか。

私は、あると考えています。ただし、それは制度の「形」ではなく、「運用の思想」に依存します。

条件①:スキルを「外部市場と接続可能な言語」で定義する

職能資格制度の最大の問題は、スキルの定義が社内に閉じていたことです。

スキルベース人事を導入するなら、業界や職種を超えて通用するスキルの共通言語を使う必要があります。
たとえば、厚生労働省の職業能力評価基準や、グローバルなスキルタクソノミーを参照しながら、自社のスキル定義を外部と接続可能な形で整備する。

これが実現すれば、社員にとっても「自分の市場価値が見える」状態になります。それは流出リスクを高めますが、同時に「この会社にいればスキルが伸び、市場価値が上がる」という確信が定着の動機になります。

条件②:スキルの「陳腐化」と「降格」を制度に組み込む

職能資格制度では等級が下がらなかったことが、年功的処遇を固定化しました。

スキルベース人事を機能させるなら、スキルには有効期限を設ける発想が必要です。
たとえば、「3年前に認定したデータ分析スキルは、最新ツールの習熟が確認できなければ再認定が必要」というルールです。

これは運用上のハードルが高い。
しかし、ここを曖昧にすると、結局は「スキルが減ることはない」という職能型の前提に逆戻りします。

条件③:スキルの「発揮」を評価し、「保有」だけでは評価しない

職能資格制度が年功化した最大の原因は、「能力を持っている(保有)」ことと「能力を使っている(発揮)」ことを区別しなかったことです。

スキルベース人事でも、「スキルを持っている」だけで等級や報酬を上げるなら、同じ轍を踏みます。

大事なのは、そのスキルが現在の業務で実際に発揮され、成果に結びついているかどうかを見ることです。これは、結局のところ「成果」と「スキル」の両方を見る複眼的な評価を意味します。


日本企業の人事部門への提言

ジョブ型の「次の一手」をスキルベースに求めるなら

ジョブ型を導入した企業がスキルベースに進化しようとするとき、最も警戒すべきは「かつての職能型に先祖返りすること」です。

そのためには、以下の3点を制度設計の原則として組み込むことを提言します。

1. スキル定義は社外を意識して設計する。 社内だけで通用するスキル定義は、職能型の二の舞です。外部労働市場や業界標準と接続可能な定義にする。

2. スキルには有効期限を持たせる。 一度獲得したスキルが永遠に有効とするのは、年功の温床です。定期的な再認定の仕組みを設ける。

3. スキルの「発揮」を評価する。 「持っているか」ではなく「使っているか」を見る。保有スキルと発揮スキルを区別する評価設計が不可欠です。

スキルベースを入れなくても、問いは残る

もちろん、すべての企業がスキルベース人事を導入すべきだとは考えていません。

しかし、Groysbergのシリーズが突きつけている問いそのものは、すべての日本企業に当てはまります。

「自社は、何を基準に人を評価し、処遇しているのか?」

学歴か。年功か。ポジションか。成果か。スキルか。

その答えが曖昧なまま制度を運用していると、評価への納得感は下がり、優秀層から先に辞めていきます。

Harvardの研究を「新しい」と飛びつく必要はありません。しかし、自社の等級・評価・報酬の「軸」が何なのかを問い直す機会としては、十分に価値があると、私は考えています。


研究情報

Groysberg, B. et al. (2025). Skills-First Talent Management シリーズ. Harvard Business School Technical Notes.

  • No. 425-019: Hiring
  • No. 425-020: Onboarding, Development, and Performance Management
  • No. 425-021: Engagement and Retention
  • No. 425-081: The Importance of Managers
  • No. 425-086: Artificial Intelligence
  • No. 426-004: An Overview (August 2025)

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