自動車部品サプライヤーが目指すべき人事戦略
セレクションアンドバリエーションではこれまで数多くの企業の人事制度設計に関わってきました。
人事制度を変えるきっかけは多種多様ですが、「ビジネスを取り巻く外部環境の変化と、自社の人事インフラとのギャップ」が問題化し、それを解消するために制度改定を検討されるケースがほとんどです。
昨今、様々な業界において変革が迫られていますが、その中でも特に大きな変革が求められているのは自動車部品業界ではないか、と当社は考えております。製造業はこの国を支える基幹産業であり、その中でも自動車関連産業は裾野が広く、日本経済、労働市場ともに影響を受けやすい産業です。
本ページでは、日本の自動車部品サプライヤーがどのような課題に直面し、どのような人事の方向性を目指すべきなのかをご紹介していきます。
AGENDA
・MaaSが世界を変えていく
・MaaSの実現を加速させるCASE
・業界変革の方向性
・当社が考える成長の3ステップ
・自動車部品サプライヤーの人事戦略
・事例紹介(概要と問題点→改善策)
1.自動車業界の将来
【MaaSが世界を変えていく】
自動車産業に関わる方なら、ここ数年頻繁に耳にする言葉で「MaaS(Mobility as a service)」をご存じかと思います。わかりやすく言えば、ICTの技術を利用してあらゆる交通手段をシームレスにつなぎ、交通の利便性を高めていこうという概念です。この概念が実現すれば、以下のような課題が解決され、より快適な世界になるとも言われています。
高齢化への対応や遊休資産活用への対応、環境問題、事故の削減など、幅広い社会問題を解決する糸口として、自動車業界だけでなくその他の産業からも注目がされています。日本の大手完成車メーカーでも、ただ単にクルマをつくるだけではなく、スマートシティ構想と連動させた新しいモビリティサービスの在り方がすでに現実味を帯びた議論として進んでいます。
最たる例は、トヨタ自動車が2018年3月期決算説明会の席で発表した「e-Palette(イーパレット)」です。トヨタ自動車は「自動車をつくる会社からモビリティ・カンパニーにモデルチェンジする」と宣言し、モビリティサービスの領域に事業の軸を移すこととしていますが、これを実現するコンセプトモデルを発表したことが有名です。
このモデルでは、移動の概念が拡張されただけではなく、移動型の店舗の実現といった概念も組み込まれており、利用者の都合の良い時間・場所にやってくる「モバイル e-マーケットプレイス」の実装可能性も示唆しています。
業界の変革だけにとどまらず、既存の概念を大きく変えられていくことが想定されます。
【MaaSの実現を加速させるCASE】
上記で説明したMaaS社会の実現に向けて、今まさに自動車業界に求められている技術的な変革を表す概念に「CASE」というものがあります。
こちらも、自動車産業に携わる方ならご存じの方も多いかと思いますが、4つの英単語の頭文字をとった造語です。2016年にメルセデスベンツが提唱したといわれています。
●C・・・Connected(通信機能)
●A・・・Autonomous(自動運転)
●S・・・Shared & Service(シェアリングサービス)
●E・・・Electric(電動化)
各キーワードがどのような内容なのかを整理するとともに、どのような影響を与えているのかを考察していきます。
業界内の動きに焦点をあてつつ、労働市場への影響にも触れながら、ご紹介できればと思います。
●Connected(通信機能)
「つながるクルマ」で称されるキーワードです。
自動車とインターネットを繋げて、さらに利便性を高めていこうという動きです。
これからは車の電装化に伴って、車両間通信やセンシング技術の改良により通信機能の拡充が加速していくと考えられます。クルマとクルマの繋がりはもちろんのこと、クルマとスマホ端末、クルマと交通システムなどあらゆるものと繋がることで、クルマ自身も一つのデバイスと化していくことが予想されます。
また、少し違った切り口をご紹介すると、通信機能を拡充する必要が出てきたことで、ここ数年、完成車メーカーを含めて自動車部品サプライヤーではソフトウェアエンジニアのキャリア採用を拡大させてきた動きもあります。特に、通信機能のコアを司るカーナビ周りのソフトウェア技術はスピーディに技術革新が進んできました。
技術革新に伴う変化を受け、自動車産業にキャリアチェンジしてきた人材も多く、労働市場にも大きな影響を与えてきたキーワードだといえるでしょう。
●Autonomous(自動運転)
クルマを自動で走らせる技術のことです。
自動ブレーキやステアリングアシストなども自動運転技術の一つだといわれています。
まさに各完成車メーカーがしのぎを削って技術開発を進めている分野です。
また、この自動運転を支える基盤技術として注目されているのがセンシング技術です。有名なものに「LiDAR(光を用いた赤外線レーザースキャナー)」がありますが、このコスト削減がいかに実現できるかによって、普及の速度に影響が出てくるとも言われています。
このようなセンシング技術の進化に、ここ数年寄与し、自動車業界に存在感を示してきたのが、日本を代表する各大手電子部品メーカーです。例えば、世界的に有名なセラミックコンデンサを作っている大手デバイスメーカーである村田製作所が日経ビジネスで発表していた記事によると、高級EVに積層セラミックコンデンサが1万点も使われていることが発覚した、というものがあります。
つまり、今後EVが普及すれば、自動車業界の主要プレイヤーに間違いなく、電子部品メーカーが台頭してくるのです。
実際にここ数年、日系の電子部品メーカーはこぞって、自動車業界出身のエンジニアを採用していました。自社の新規開発プロジェクトを成功させるため、自動車業界の厳しい品質要件を満たしながら部品開発を行えるような業界経験者を採用し、即戦力として起用したのです。
これまでは、同じ業界内で人材の流動性があったのですが、業界内でゲームチェンジャーが現れたことにより、一層の採用競争の激化も今後は想定されます。
●Shared & Service(シェアリングサービス)
こちらも最近、よく耳にするサービスとなりましたが、自動車の「所有」から「共有」に代わっていくことを示しています。
シェアリングエコノミーという単語も巷ではよく聞きますが、この市場規模は2013年に150億ドル→2025年に3350億ドルへ拡大するとも言われています。
その成長ドライバーとして海外を中心に発展しているのが、ライドシェア形式のビジネスモデルを採択する会社です。
このような会社は、単なる配車アプリを提供することを目指しているわけではありません。車両とユーザーデータを収集し、活用するテクノロジー企業を目指しているのです。今後、トヨタ自動車を筆頭に日系の完成車メーカーは、これらのITプラットフォーマーと協働して、自動運転車を製造していく動きも注目されそうです。
●Electric(電動化)
EV化に伴う必要な技術として進められている分野です。
一説では、ガソリン車とEVの車両価格が逆転し、EV需要が爆発的に拡大するシナリオは想定していないと主張する声もあるようです。
とはいえ、電動化に関する動きも少なからず日本の自動車業界に影響を与えています。繰り返しになりますが、今後クルマに搭載する電装部品の点数が増加することで、自動車部品サプライヤーに求められる要素技術や、それに伴う「市場価値の高いスキル」が変容することが考えられます。
こちらも卑近な例としては、自動車のハーネスメーカーがわかりやすい一例です。これまで、ハーネスの設計者はスキルの転用が難しく、他の自動車部品サプライヤーへの転職が難しいとされてきました。しかし、クルマの内部に電気が流れて、社内間通信技術が加速したことによって、ハーネス設計者は、自分のスキルを広く活用できるようになった動きもあります。
業界内での主要プレイヤーとなる企業が変わることも勿論ですが、よりミクロな視点で見るとエンジニア一個人であっても、市場価値の逆転現象が今後も起きていくのではないか、と考えます。
2. 自動車部品サプライヤーが考えること
上記で整理してきたように、自動車業界ではかつてない変革の波が押し寄せている状況です。そのような中で、今後どのような戦略を取るべきなのでしょうか。
当社では、関東・東海・関西を中心に多くの自動車部品サプライヤー様の人事制度改定に関わってきました。そのノウハウから、目指すべき経営の方向性と人事戦略の方向性をここでは事例を踏まえてご紹介していきたいと思います。
【業界変革の方向性】
CASEのような技術革新を進めていくことで、これまで自動車業界を席巻していたピラミッド構造の産業システムが変わっていくことが予想されています。
完成車メーカーをトップとした階層構造とケイレツのルールが変わるのです。つまり、決まった発注者に向けて自動車部品サプライヤーは決まった部品を作っていれば利益が出るという仕組みが変わっていくことでもあるのです。
また、EV化が進むことにより自動車を構成する重要機構部品が変化します。従来は内燃機関がキーパーツでしたが、今後はモーターに代替されることで、電装部品を取り揃えれば、従来の自動車部品サプライヤーが完成車を作ることも理論上は可能だといわれています。
とはいえ、自動車部品サプライヤーが完成車を作るといわれても、それを実現できるのは世界的な大企業に限られてくるのではないかと感じる方が大多数だと思います。
そこで、まず人事戦略の前に検討すべきなのが経営戦略です。
冒頭でもお示しした通り、人事戦略が変わるときは外部環境の変化が起こり、その環境に合わせ成長戦略を描き、その戦略を実現しようとするときです。
では、どのような経営の方向性が考えられるのか?
それを以下のように整理してみました。
大企業を中心としたメガサプライヤーであれば、業界を超えた技術提携やM&A、モジュール化、規模の経済によるコスト削減が可能です。
しかし、単一製品でずっと経営を続けてきた中小企業の場合は、戦略立案の時点で自社のリソースをどこに集中させていくべきなのかを検討する必要があります。
あるいは、いくつかの方向性を掛け合わせて、自社独自の優位性を築いていくことも視野に入れなければなりません。
例えば、これまではエンジン回りの耐熱部品をつくっていたメーカーがあるとしましょう。
EV化が進み昨今、エンジンを前提とした部品だけでは、いつかはじり貧になってしまうことが明らかです。
そんなときに、EV用2次電池を保護する耐熱パーツの新規開発や、従来自社では取り扱っていなかった素材開発を進めるために材料メーカーを買収する等の戦略が考えられます。こういった動きを実際に取っている中堅メーカーも存在するのです。
また、別の例でいえば今でこそ自動車業界以外でもその活路を見出されているMBD(モデルベース開発)ですが、この技術に特化した会社も実際に存在します。
自動車業界の技術に明るい方ならご存じかと思いますが、MATLAB / Simulinkと呼ばれる特殊な言語を用いて解析やアルゴリズム開発を得意とする人材を集めて、まさにTier0.5の立ち位置を狙って、他社との差別化を図ろうとしている企業もあります。
【当社が考える成長の3ステップ】
中小企業が目指す経営戦略を考えていくにあたって、まずは「自社の専門性」を再定義していく必要があると考えます。
その先に、コア技術を伸ばす組織へと変革を遂げ、独自技術の価値提供があり、MaaSの世界でも必要とされる自動車部品サプライヤーとして存続が可能になります。
しかし、このような3ステップを進めるにあたっては、最初の第一歩が大きな課題であります。
専門性を再定義することは、もう少しかみ砕いて言えば、自社の技術的な強みとなる部分の抽象度を上げる作業でもあります。
例えば上記で用いた例を出すならば、これまでエンジン周辺部品をつくっているメーカーは「軽くて丈夫な耐熱部品をつくるのが自社のコア技術」と定義しなおすことで、別の業界に製品を納めていくことも視野に入れられます。
しかし、そこでセットで考えねばならないのが、人事戦略なのです。
【自動車部品サプライヤーの人事戦略】
人事戦略を検討するにあたっては、「採用」「等級」「評価」「報酬」「教育」「卒業(退職)」の視点から現状の分析と、あるべき姿の抽出をしていきます。
まずは、自社のコア技術をさらに確固たるものとしていくための人材獲得が必要です。
即戦力の人材を採用することはもちろんですが、そうでなくとも、今いる専門職人材の技術を承継させていくための若手人材をどのように採用していくのかを検討していくことも必要です。
そして、人材の採用のみで、組織がつくられていくわけではありません。自社が求める人材がどのような姿で、どんな人に活躍してほしいのかを明確に再定義していく必要があります。それが等級制度の見直しにあたります。
見直した等級を元に、組織成長のために何を評価するのかを検討します。人の能力を評価するのか、行動を評価するのか、あるいは職務そのものを評価するのか。この点を評価制度で調整し、その結果を報酬にどのように反映させるのかも併せて検討します。
金銭的な報酬の充実はもちろんですが、従業員にチャレンジを促すための非金銭的な報酬があるか等、多角的な視点で制度の整備を進めます。
教育も、現場にただ任せるだけでなく、即効性のある学びを会社主導で進めていく必要があります。これは若手や中堅に限った話ではありません。
定年の引き上げ、再雇用制度により、今後増加が予想されているシニア世代に対する学び直しも必要です。
必要な技術を承継しつつも、今の時代に適した教育の方法で伝承していかなければ、意味がありません。その点からも、シニア世代の学び直しこそ、実は自動車部品サプライヤーには必要と考えています。
これらの施策を検討し、必要な人材には活躍を促し、場合によっては自社に合わない人材を卒業(退職)させていく、そのような人事戦略が求められていると当社は考えています。
【事例紹介(概要と問題点→改善策)】
当社が実際にコンサルティングを手掛けた自動車部品サプライヤーの事例をご紹介します。
こちらは前時代的な会社で、10年以上人事制度を変えていませんでした。そのため、給与は同業他社と比較しても水準が低く、結果として採用が思うようにできず、人材育成も上手くいっていない状況でした。
報酬面の改善は、どの企業でも必ず課題として出てきやすい種類のものですので、それ以外にもこの会社の成長を鈍化させている要因がないのかどうか、をまずは調査していきます。
事前調査のため実際に従業員への満足度調査を行ったところ、「人間関係」や「理念への共感」の項目は高かったのですが、「組織風土」「環境」「自己成長」といった項目が低かったことも明らかになりました。
売上も厳しくなる中で、給与面をすぐに改善することは容易ではありません。そこで、当社からは課題の優先順位をつけて、組織を立て直していくためのコア人材を育て、彼らが活躍しやすくなるようなルールを整備していくところからご提案をさせて頂きました。
評価制度の見直しと運用のレベル向上を図ることで、優秀な人材の流出を防ぐことにフォーカスを当てます。
並行して、管理職層への育成研修も打診をします。中小企業の自動車部品サプライヤーでは、昔ながらの教育を実施していることも少なくありません。つまり、昔ながらの教育というのは、入社してから現場でOJT的に仕事を学び、マネジメントスタイルも背中で見て学ぶことです。特に、設計や開発といった技術職であっても、設計図面を引いて、製造現場で試作品を見ながら製品の良し悪しを判断する肌感を現場の教育を通して学んできたのが従来の教育の在り方です。
結果として、社内教育のスタイルが属人化しており、組織知として人を育てるノウハウが蓄積されていないこともしばしばあります。
このような事態を解消していくためにも、まずは管理職からきっちりとマネジメントの基礎を学び、現場に蓄積されたノウハウを組織知化してゆき、技術承継にも活用していくことが必要と考えたのです。
その上で、現場の生産性を向上させるためのルール改善や環境整備に努めていく、という順序で改革を進めていくことを提言いたしました。
3. まとめ
自動車部品サプライヤーは、歴史のある企業が多くあります。時代についていける企業はもちろん成長をしておりますが、一方でそうでない企業もまだまだ多くあります。
今後、自動車部品サプライヤーを取り巻く時代が大きく変わろうとしています。今までどおりのことをしていては、業績は下降の一途をたどってしまうことは明白です。
今からでも遅くありません。
さきほどの事例のように、少しずつでも改善を行うことで環境変化に対応していくことが必要です。
人材こそが、企業を成長させます。そのための仕組みを見直すことが、時代に取り残されないための重要な取り組みであると当社は考えています。
より具体的なエッセンスをセミナーでお伝えしております。
また、個社ごとの状況に応じたご相談も随時受け付けておりますので、気兼ねなくご連絡ください。
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セレクションアンドバリエーション株式会社 代表の平康慶浩(ひらやすよしひろ)による、日本経済新聞社サイトNIKKEI STYLE連載でも企業における人事戦略について言及しています。
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