日本でブルーカラービリオネアを生む道筋―人事部主導の生産性革命が、価格転嫁を可能にする

平康 慶浩(セレクションアンドバリエーション株式会社 代表・人事コンサルタント)

目次

アメリカでは水道工事で億万長者、日本では人手不足でも賃金据え置き

アメリカで今、「ブルーカラービリオネア」という言葉が注目を集めています。
水道工事や建設、電気工事といった現場の仕事で財を築く人々のことです。
テキサス州のある配管工事会社では、25年間地道に評判を積み上げた結果、従業員の中にも億単位の資産を持つ者が現れました。
彼らが特別な投資家だったわけではありません。

ただ、誠実な仕事をきちんと価格に変える仕組みがあっただけです。

翻って日本はどうでしょうか。

建設業も製造業も物流業も、深刻な人手不足に喘いでいます。
需要は溢れています。

なのに、現場で働く人々の賃金は一向に上がりません。

「人手が足りないなら報酬を上げればいい」
という市場原理が、なぜか働かないのです。

前回の記事で指摘したように、日本には「誠実に働くほど安く働く」という構造的な問題があります。

今回は、その構造をどう変えるか。具体的な処方箋を示したいと思います。


年間3万円の教育投資で、どうやって生産性を上げろと?

問題の根本は、教育投資の圧倒的な少なさにあります。
日本企業の従業員1人当たり年間研修費は平均3.2万円。
大手商社などホワイトカラー中心の一部の企業では40〜50万円を年間投資する例もあるようです。
ただ、大手製造業などでも、ブルーカラーへの投資は推定2万円以下です。

ちなみにアメリカの調査では、ブルーカラーで年間400ドル(約6万円)程度と、決して多いわけではありません。ただ、それでも日本の平均より遥かに高い数字です。

教育投資が少なければ、スキルは上がりません。
スキルが上がらなければ、生産性は低いまま。
生産性が低ければ、付加価値を生めません。
付加価値がなければ、価格を上げられません。
価格を上げられなければ、報酬も上がりません。
報酬が上がらなければ、人は辞めます。
人が辞めるから「どうせ辞めるなら投資しない」となります。

完璧な悪循環です。
しかし、よく考えてください。因果関係は逆なのです。

投資しないから辞めるのであって、辞めるから投資しないのではありません。

コストコの事例が、それを証明しています。
業界平均時給17ドルのところ、26ドルを支払い、健康保険をつけ、昇進の道を用意し、教育にも投資する。
結果、離職率は8%。業界平均60%の7分の1以下です。


人事部は、なぜブルーカラーを「見て見ぬふり」をするのか

日本のブルーカラー教育には、3つの構造的欠陥があります。

第一に、人事部門の不在。

現場の教育は監督者任せですが、その監督者自身が体系的な訓練を受けていません。
「背中を見て育て」という徒弟制度が主流でしたが、働き方改革とテレワーク普及で、密接な師弟関係はもはや不可能です。

第二に、OJT偏重と属人化。

熟練者の技能は体系化されず、個人のノウハウに閉じています。デジタル化や自動化への対応も遅れます。

第三に、「コスト」という認識。

教育を投資ではなくコストと見なし、ROIを測定していません。短期的な損益だけで判断しています。

これらすべてに共通するのは、人事部が主役になっていないという事実です。

人事部の仕事は、ホワイトカラーの採用と研修だけではありません。
いや、むしろ企業価値の大半を生み出しているブルーカラーにこそ、人事部の専門性が必要なのです。

生産性向上→収益向上→価格転嫁→処遇改善、この順番が鍵

解決の方程式は、実はシンプルです。

STEP
人事主導の教育投資
STEP
スキル向上
STEP
生産性向上
STEP
収益向上
STEP
価格転嫁の正当化
STEP
報酬増加
STEP
人材定着・優秀な人材獲得

なぜ人事部が主役なのでしょうか。
現場だけでは日々の業務に追われて改革できません。
経営層だけでは現場の実態が見えません。
人事部こそが、計画・実行・測定・改善のPDCAを回せる唯一の部門だからです。

人事部がやるべきことは、大きく分けて3つあります。

1. 現状の可視化

ブルーカラーのスキルマップを作る。
離職理由を徹底分析する。
教育投資額とその効果を測定する。「見える化」なしに改善はありません。

2. 体系的な教育プログラム設計

OJTを体系化する。
Off-JTプログラムを導入する。
資格取得を支援する。
デジタルスキル教育を提供する。
そして最も重要なのが、技能レベルと報酬を明確に紐付けることです。

3. 投資効果の測定と経営層への報告

作業時間短縮率、不良率低下、労災減少、離職率改善――これらを数値で示す。
教育は「投資」であり、明確なリターンがあることを証明するのです。


「質の向上」が見えれば、価格転嫁は正当化される

ここが最も重要なポイントです。

日本で価格が上がらない理由の一つは、「質の向上」が見えないからです。
顧客は「なぜ高いのか」が分かりません。企業側も説明できません。

しかし、教育投資によって生産性が向上すれば、状況は変わります。
作業時間が短縮されます。
品質が向上します。
安全性が高まります。

これらはすべて、数値で示せます。

「当社は従業員1人当たり年間20万円の教育投資を行い、作業効率を30%改善しました。不良率は半減し、安全事故はゼロです。この品質を維持するため、適正な価格をいただいています」

この説明があれば、顧客は納得します。
インフレ下での価格転嫁も、正当化されます。
そして、価格が上がれば、報酬を上げられます。
報酬が上がれば、優秀な人材が集まり、定着します。
さらなる生産性向上につながります。

ブルーカラー職人も、会社も、顧客も、三方が幸せになるのです。


AI時代だからこそ、「手を動かす仕事」の価値は上がる

AI時代が来ても、配管は人間が繋ぎます。
建物は人間が建てます。
食品は人間が加工します。
AIで代替できない「手を動かす仕事」の価値は、むしろ上がっていきます。

だからこそ、今が転換点なのです。

人事部が主役となって、ブルーカラーの教育投資を増やす。
生産性を向上させ、収益を高める。
その成果をもとに、堂々と価格転嫁を行う。
報酬を上げ、優秀な人材を集める。

この好循環を作れた企業が、次の時代の勝者になります。
アメリカでブルーカラービリオネアが生まれたように、日本でも誠実に働く職人が豊かになれる社会を作れるはずです。
その第一歩は、人事部の決断から始まります。

あなたの会社の人事部は、ブルーカラーの未来を描いていますか?


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