平康 慶浩(セレクションアンドバリエーション株式会社 代表・人事コンサルタント)
インセンティブ制度は、売上を伸ばす力があります。
特に成果を出すための仕組みがわかりやすい事業ほど、営業社員の行動量を増やすための仕組みとして、青天井に近い効果を発揮することもありあす。
しかしその一方で、許認可や顧客信頼で成り立つビジネスでは、不祥事が一度起きると、積み上げた成果が一気に吹き飛びます。
プルデンシャル生命は、元社員等による投資勧誘などの不適切な金銭取り扱いを複数確認し、「心当たりのある方の申し出」を広く受け付ける確認を行っています。さらに2026年1月からは、第三者専門家で構成される「お客さま補償委員会」の電話受付窓口を設置したと公表しています。
https://www.prudential.co.jp/info_confirmation
このような事件を踏まえて、セレクションアンドバリエーションとしての実績をもとに、インセンティブ設計における「アクセル」と「ブレーキ」をどう設計するかを、実務の観点で整理します。
私たちが「インセンティブ」と同時に「ブレーキ」を作ってきた理由
弊社では、保険代理店に加えて、高級輸入自動車販売、投資不動産販売、貴金属買い取り、人材紹介など、多くの事業でインセンティブ設計を支援してきました。
これらの事業は、経営のアクセルを踏むことで、売上が増えます。
経営者からの気合と根性の訓示もよいのですが、成果に比例して報酬が増える設計は、行動量を引き出すうえで合理的です。
ただし、アクセルには必ず危うさが残ります。
というのも、インセンティブが効く事業では、多くの場合、規制・許認可・個人情報・反社チェック・景表法など、ビジネスそのものの存続を危うくする「地雷」が多いからです。
つまり「成果最大化」のためのアクセルを踏むだけでなく、「不祥事の徹底排除」が同時に必要になるのです。
そこで私たちは、インセンティブのアクセルを作ると同時に、必ずブレーキも設計します。これは精神論ではなく、制度設計の問題です。
プルデンシャル生命の公表から読み取れること
今回の件では、事件の細部よりも「構造としてどう扱われているか」を見るべきでしょう。
- 2024年8月時点で状況を把握し、具体的な内容を、お手紙・電話・メール・新聞広告・Webなどで、多面的に顧客へ確認を行ってきた
https://www.prudential.co.jp/news/pdf/980/20260116_2.pdf - 不適切な金銭取り扱いを複数確認したうえで、広く「他にも被害がないか」の確認を行っている
- 「現金を預からない」「個人的な投資勧誘や金銭貸借は禁止」など、禁止事項を明確にし、注意喚起を行っている
調査期間1年以上をかけることで、今回の件が、組織風土に根差した構造的な問題である、ということを認めているようにも見えます。
また、2024年8月にようやく調査を開始していることから、それまでは顧客に対する確認プロセスを持たなかった可能性も読み取れます。
おそらくプルデンシャルの社内では、個人のルール違反だった、という整理ではなく、構造的な組織犯罪であった可能性を懸念しているのでしょう。
組織犯罪、というのはもちろん会社の指示で、という意味ではありません。
複数名が関与し、一定のやり口が共有され、被害が拡大していく。こうなると、個人の善悪の話ではなく、仕組みの話になります。仕組みとして止める設計が必要になります。
だからこそ、セレクションアンドバリエーションが設計するインセンティブ制度では、ブレーキ設計を特に重視してきました。
ブレーキ設計の第一歩は「ルール違反を儲からなくする」こと
インセンティブ制度でまず必要なのは、ルール違反を「損」にする設計です。
現場の正義感に頼るのではなく、制度として「違反したら報酬が出ない/出ても後で止まる」を作ることです。
ゲーティング(支給条件)を明確にする
重大違反、監査NG、顧客トラブル(定義済み)などがある限り、インセンティブ支給を停止する。ポイントは、曖昧にしないことです。「今回は事情が…」が続くと、制度が形骸化します。
繰延(時間差)で「後から止められる」ようにする
短期の成果だけで即時に満額支給すると、問題が後で出たときに回収できません。
一定割合を繰り延べて、一定期間の確認後に確定させる。これだけでも、行動が変わります。
クローバック条項(返還)を入れる
不正や重大違反が判明した場合の返還条項を入れる。
「最終的に損になる」状態を明確にしておくことが、抑止になります。
もう一つのブレーキは「顧客評価」を制度の内側に入れること
不祥事の芽は、社内指標より先に顧客側に現れます。
だから顧客の声を、単なるアンケートやクレーム処理で終わらせず、インセンティブ算定や運用プロセスに組み込みます。
- 定期的な情報伺いを、個人任せにせず、組織としてのプロセスにする
- 顧客接点の記録を標準化し、例外取引・資金移動・紹介案件などはレビュー対象にする
- 「個人客化」を防ぐ(顧客が会社ではなく個人に紐づく状態を作らせない)
プルデンシャル生命の公表でも、生命保険以外の取引持ちかけ、個人的な金銭貸借、当社名義以外への振込など、典型例が挙げられています。
こうした兆候を「顧客の違和感」として拾えるようにすることが、統制の実務です。
実際に生命保険以外の事例でいえば、高級輸入車販売では、下取り車の個人買取があげられます。
通常値引き行為として行われる下取り販売は、その後の転売により、下取り価格よりも高めに売ることができます。それを会社として行うのではなく、営業社員個人が行ってしまうことで、差益を自分のものにすることです。
営業社員によっては、その事実がばれにくいように、家族の名義で法人を立ち上げ、そちらで買い取りを行うような事例もありました。
もちろんこれらは、会社に対する利益相反行為であり、懲戒要件に該当します。
完全な個人活動を許さない、「チームワークの名の下の相互監視」
もう一つ重要なのは、完全な個人活動にしないことです。
成果主義が強いほど「孤独なトップ営業」が生まれやすく、周囲が口を挟みにくくなります。ここが事件の温床になります。
だからこそ、チームワークを理想論として語るのではなく、統制として設計します。
- 案件レビュー(定例・例外条件付き)
- 同席ルール(一定条件の面談は複数名)
- 記録共有(CRM・面談メモの標準化)
- 例外取引の承認フロー(上長承認+記録保全)
「営業プロセスを相互に見える」状態を作る。
それだけで、不祥事に対するブレーキになります。
もちろん、今までそういうことを行っていなかった会社では、大きな反発が予想されます。
これらのプロセスの導入に足踏みしていた企業も多いでしょう。
だからこそ、プルデンシャルの事件が発覚した現在が、改革の好機に他ならないのです。
今こういうプロセスを導入することに反対する営業社員がいたら、それはまるで自分が怪しい行動をとっていることだと自白するようにも見えてしまうからです。
本業の成果に兆候は出る:「詐欺に時間を使えば、正規業績は落ちる」
実際にブレーキを運用する際に重要なこととして、違和感を可視化することです。
その最たるものは、本業の成績が落ちること。
ここは、インセンティブ設計で見落とされがちなポイントです。
なぜ本業の成績が落ちていることが、違和感になるのか。
それは、人が発揮できる行動量には限界があるからです。
もし不正に時間と行動を割いているなら、正規の営業活動が減るのは自然です。
つまり、直近業績の変調は兆候になり得ます。
重要なのは、過去の累積業績が高い人ほど「放置されやすい」ことです。
「昔すごかったから」「大口顧客を持っているから」で例外扱いにすると、確認プロセスが空洞化します。
だから、直近の落ち込みや不自然な行動変化があれば、必ず理由確認をする。
詰問ではなく、監督プロセスとして淡々と確認する。
ここまでを制度に組み込んで設計します。
まとめ:インセンティブ制度がある会社ほど、いま“ブレーキ”を点検すべき
今回の件は、氷山の一角かもしれません。
だからこそ、インセンティブ制度を導入している会社は、アクセルだけでなくブレーキの設計を見直すことをおすすめします。
点検の観点は、まずこの4つです。
- ルール違反が「儲かる」設計になっていないか(ゲーティング/繰延/返還)
- 顧客の違和感を拾う仕組みが、制度の内側に入っているか
- 個人客化を防ぐプロセスが設計されているか
- 直近業績の変調を、例外なく確認できる運用になっているか
プロドライバーがスピードを出せるのは、確実に止まる技術を持っているからです。
インセンティブも同じです。 アクセル踏ませたいなら、止めるためのブレーキの仕組みを同時につくらなくてはいけないのです。
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