平康 慶浩(セレクションアンドバリエーション株式会社 代表・人事コンサルタント)
音楽の「届かない構造」と、職場での若手への「届かない指示」は同じ原理で起きている
「言わなくてもわかる」はテレビ時代の幻想であり、令和の職場では通用しない理由
上司が今すぐ切り替えるべき「プッシュ型からチャンネル型」への教育発想の転換
個人の努力ではなく「制度設計」で若手育成を安定させる方法がある
私は講演や社会人大学院講座のはじまりに、こんな問いを投げかけることがあります。
皆さんもぜひ考えてみてください。
それはこんな問いです。
「ミセスの『青と夏』を知っていますか?」
会場の反応は、だいたいいつも二つにわかれます。というか、私の講演を聞く方々なので、実際には大半の方々が首をかしげます。大半の方々の特徴は、年配者。といっても、おおよそ35歳以上でしょうか。
反応としては「ミセス……?」「青と夏……?」という感じです。
そしてその様子を見て、数名の方が驚いたようにあたりを見渡すのです。
「え?!知らないの?」という具合に。
答えを言ってしまうと(知っている人にとっては当たり前のことですが)、「青と夏」は、ミセスグリーンアップルが2018年に映画『青夏 きみに恋した30日』の主題歌として発表した曲です。
そして、2026年1月、Billboard JAPANのストリーミング集計でついに累計10億回再生を突破し、バンド史上初のビリオンヒットとなりました。
それほどの曲を、講演を聴講したり、大学院で学ぶ世代の方々が知らない。
ついでに言うと、ミセスグリーンアップルの略称である「ミセス」も知らない人が多いのです。 これは、いったいなぜでしょうか。
「知らない」のではなく、「届いていない」だけだ
10億回再生されるような曲を、知らない人が悪いのでしょうか。
ちなみに、ピコ太郎の代表曲「PPAP(ペンパイナッポーアッポーペン)」の再生回数は、青と夏よりずいぶんすくなくて、4億4千万回だそうです。でもこちらは、多くの方がご存じですよね。
ということは、単純に35歳以上の方々がものを知らないとか、アンテナが立っていない、とかそういうことではなさそうです。
それは、届くチャネルの違いだと、私は考えています。
(ちなみに私が知っている理由は、定期的に弊社の若手社員に、今聞いているバンドや曲を確認して、それを土日の事務作業中に流しているからです)
テレビの歌番組が主役だった時代、音楽は「全員に届くもの」でした。
好き嫌いに関係なく、チャンネルをつければその時流行している曲が流れてきました。
SMAPも、B’zも、Mr.Childrenも、「聴こうと思って聴いた」わけではなく、「たまたまそこにあった」から知っている、というものだったのかもしれません。少なくとも、音楽を知るきっかけは、そういうものでした。
ところが今は、まったく違います。
SpotifyもYouTubeも、アルゴリズムが「あなた好みの曲」しか届けません。
自分が関心を持っているジャンルや年代の音楽が優先的に流れ、そこから外れた曲はなかなか耳に入ってこない。
35歳以上の人たちが「青と夏」を知らないのは、普段聞いている音楽と、届くチャンネルが異なっているからです。
意図的に避けたわけでも、学ぶ気がないわけでもない。
単に、届いていないのです。
その断絶は、あなたの職場でも静かに起きている
さて、ここからが本題です。
「言われたことしかやらない」「空気が読めない」「なぜこんな基本的なことがわからないのか」。若手社員に対して、こういう言葉が出てくる現場に、私はよく出会います。管理職の方々が抱える、切実な悩みです。
ただ、少し立ち止まって考えてみてほしいのです。
「言わなくてもわかる」という感覚は、いったいどこから来ているのでしょうか。
思い返してみると、それは特定の環境の産物だったように思います。同じ職場で長時間をともに過ごし、飲み会で先輩の経験談を聞き、背中を見ながら仕事を覚えた。そうした「プッシュ型の環境」が、気づかないうちに共通言語を作り上げていたのではないでしょうか。
口に出さなくても通じるものが、確かにあった時代があります。
けれども、今の若手は、その環境にいません。
テレビを見ない。飲み会に参加しない。先輩と長時間同じ空間で過ごす機会も、以前より格段に少ない。それ自体を責めることはできません。働き方も、コミュニケーションの形も、時代とともに変わったのですから。
問題は、情報の送り手側が変わっていないことです。
「背中を見ろ」「気づけ」「普通そうするだろう」。
これらはすべて、プッシュ型で全員に届いていた時代の教育法です。
今それをそのまま使っても、若手のチャンネルには届きません。届かないまま「なぜわからないんだ」と嘆いても、状況は変わらないのです。
ミセスは若者に「狙って届けた」。上司にも、同じことができるはずだ
ミセスグリーンアップルの曲がなぜ若い世代に届くのか。
それは、彼らがいるチャンネルに、狙って届けられているからです。
TikTokに乗り、プレイリストに組み込まれ、映画の主題歌として若者の日常に入り込む。偶然ではなく、マーケティング設計の結果です。
若手教育も、同じ発想に切り替える必要があります。
「なぜわからないんだ」と嘆く前に、「どうすれば届くか」を考える。それが、今の管理職に求められていることだと私は思っています。
具体的にとるべき変化をいくつか示してみましょう。
「見て覚えろ」から、「なぜそうするかを言語化して渡す」へ。
「普通そうするだろう」から、「普通を定義してから期待する」へ。
「失敗させて気づかせる」から、「失敗の前に文脈を渡す」へ。
「飲み会で自然に伝わる」から、「1on1で明示的に伝える」へ。
どれも、「狙って届ける」という発想への転換です。
難しいことのように聞こえるかもしれませんが、本質はシンプルです。
相手のチャンネルに合わせて、意図を持って発信する。それだけのことです。
問題は、部下ではなく「チャンネル設定」だった
今の若手は、指示を受け取る気がないわけではありません。
学ぼうとしていないわけでも、成長を望んでいないわけでもない。
届いていないだけです。
「言えば必ず届く部下がいる」と思えれば、上司の仕事はずいぶんシンプルになります。
嘆くエネルギーを、届け方を工夫することに使えばいい。
そうすることで、若手への高い期待を維持したままで、積極的かつタイムリーな育成が実現します。
ただ、上司がとるべき行動が、これまでと変わっただけなのです。
個人の努力に任せている限り、組織の育成は変わらない
さて、ここまでの私の文章を印刷して、管理職に届けるだけでは、組織は変わりません。
管理職個人の努力に任せている限り、「届け方」は属人的なままだからです。
うまく伝えられる管理職とそうでない管理職の差が広がり続けるだけで、組織全体としての若手育成は安定しません。
必要なのは、「狙って届ける」仕組みを、制度として持つことです。
若手がどの段階で何を習得すべきかを明示した教育体系。
管理職が何を、いつ、どのように伝えるべきかを定義した育成の枠組み。
そして、伝わったかどうかを確認する仕組み。
これらは感覚や熱意で補うものではなく、設計の問題です。
「言わなくてもわかる」に頼っていた組織が、「狙って届ける」組織に変わるためには、教育体系そのものを見直す必要があります。
それは等級制度や評価制度との整合性を持たせながら、若手が段階的に育つ仕組みを作り直すことでもあります。個別の研修を追加するだけでは、根本的な解決にはなりません。
「伝わらない職場」を、仕組みから変えませんか
「管理職は伝えているつもりなのに、若手に届いていない」「育成の仕組みを作りたいが、何から手をつければいいかわからない」。そういった課題は、研修を一本追加することでは解決しません。教育体系の設計から始めて、役割・権限・評価との整合を取る必要があります。
セレクションアンドバリエーションでは、若手が段階的に育つ仕組みを、制度として設計するご支援をしています。まずは現状の課題を整理するところから、お気軽にご相談ください。
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