メリハリをつけないメンバーシップ型人事が人手不足倒産を激増させる理由と事例

平康 慶浩(セレクションアンドバリエーション株式会社 代表・人事コンサルタント)

目次

人手不足倒産は対岸の火事ではない

人手不足倒産が激増しています。

帝国データバンクの調査では、2025年の人手不足倒産は427件で初めて年間400件を超え、3年連続で過去最多を更新しました。

2021年には111件の人手不足倒産が、4年で4倍に増えてしまったのです。

https://www.tdb.co.jp/report/economic/20260108-laborshortage-br2025

ここで強調したいのは、人手不足倒産の原因を「人が採れない」からだ、と勘違いしてしまうことです。
採用難や人件費高騰は表面的な問題であり、問題の核心は別にあります。

人手不足倒産を増幅させている深刻な理由は「メリハリをつけないメンバーシップ型人事」に他なりません。
言い換えると、重要人材・重要職務に対してしっかり厚遇する仕組みを持たないまま、横並びの公平性だけを重視した結果として、優秀人材に辞められてしまうのです。


怖いのは代わりが効かない人の退職

帝国データバンクは、人手不足倒産を、従業員の退職や採用難、人件費高騰などを原因とする倒産として整理しています。

ただ、現場で起きていることは、もっとシンプルです。

  • 代わりの効かない人が辞める
  • 代わりがいないので一部の仕事が止まる
  • 売上が止まり、信用が落ち、資金繰りができなくなる

近年、この連鎖が、以前より短い時間で起きるようになっています。

実際、2025年の人手不足倒産427件のうち、従業員や幹部の退職が直接・間接に起因した「従業員退職型」は124件で、初めて年間100件を超えたとされています。
退職が引き金になる倒産が増えている。これが今の状況です。

私が実際に相談を受けた事例を1つ、示してみましょう。

事例:29歳システム担当「年収を200万上げないなら辞める」

リモート中心の社内システム担当(29歳)が、年収を200万増やさなければ退職すると言ってきた事例です。

もちろん社長は困惑しました。
どちらかというと静かに黙々と、真面目に仕事をするタイプで、システムスキルもしっかり発揮してくれる人材でした。
だからこそ、他の社員とは違い、リモートワークを認めてきたりもしたのです。
現在の年収は550万円。社長の感覚では、年齢にしては十分な金額だ、というものでした。
この会社で20年前に導入した人事制度に基づいて、毎年評価をきっちり行い、高い評価をもとに、1万円ずつの昇給をしてきたのです。
ちなみに標準評価の社員の昇給は5000円でした。

こちらの会社から私に相談に来られるまでに、社内でも様々な議論を進めたそうです。

・たしかに辞められたら困るが、これ以上の例外対応をすれば、他の社員が納得しないだろう。

・であれば、契約社員にすることで「正社員ではないのだから」という理由で特別扱いしてはどうか。

・いや、ここで引いては会社が舐められるだけだから、突っぱねるべきだ。どうせ転職なんてできっこない。

・そういうわけにはいかない。賞与に加算する形だと、他の従業員に見えないからよいのでは。

そんな意見が交わされたそうです。

相談に対して私がお答えした内容は、とてもシンプルです。

「まず確実に、この従業員はすでに人材紹介会社に相談をしています。そして、エージェントが助言をしているはずです。
だから、賞与を増やすから、という条件に対しては『会社都合で変更できる賞与を信じていいんですか』というようなアドバイスをするでしょう。
契約社員として厚遇する、という条件に対しては『雇用保障がなくなるということですよね』と指摘するでしょう。
他の社員との兼ね合いもあるから我慢してほしい、と泣きついたとしても『それって会社の都合でしかないですよね』と苦笑いすることでしょう。
だから、『他の社員が納得しない』とか『会社が舐められる』という発想をそもそも変えないとどうしようもないですね」

考えてみれば当たり前のことです。

けれども、会社の目線からしか考えることができないので、そんな当たり前のことに気づくことができていなかったのです。 従業員の雇用を守るメンバーシップ型人事の安定企業ほど、公平性という横並び意識を重視して、構造変化についていけてなかったのです。


メンバーシップ型人事は、なぜメリハリがつけにくいのか

メンバーシップ型人事の特徴は、職務ではなく「人」や「在籍」に紐づけて処遇が決まりやすいことです。結果として、会社の判断軸がこうなります。

  • まず「他の社員とのバランス」を考える
  • 次に「前例」を探す
  • 最後に「他社比較、という形での労働市場」を見る
    ⇒けれども労働市場に合わせる制度は存在しないので常に特別扱い

この順番だと、重要人材への例外対応が遅れます。遅れた結果、退職という事実で初めて気づく。そこで慌てて処遇を上げようとしても、もう交渉の主導権はありません。 そうして、3つの現象が起き始めます。

第一に、辞められて困る人が辞めてゆきます。

市場価値が上がりやすい職種は、条件が合わなければ転職します。
IT系人材が典型ですが、市場価値に連動した人材は、会社の中では少数派です。
少数派だからこそ、横並び運用に巻き込まれやすくなり、不満をずっと募らせていきます。
社長は「秩序」を守りたい。しかし本人は「契約条件」を見ている。
この前提のズレが、退職を引き起こすのです。

第二に、採用で負け始めます。

メリハリがない会社は、採用条件の提示も鈍くなります。
給与レンジが硬直しているからです。
大企業の賃上げペースが加速し、追随できない企業では「賃上げ難型」の倒産が懸念される、という指摘は、まさにこのような状況です。
「採れない」のは儲かっていないからではないのです。そもそも先ほどの事例の会社は、営業利益率15%を超える優良企業でした。けれども仕組みを変えることに思いが至らなかったのです。
採用で勝てないのは、提示条件を動かせない人事の仕組みの問題です。

そして業務が止まり始めます。

メリハリがない処遇とは、言い換えるなら「重要な職務を重要だと示していない」ということです。
だから、属人的な優秀さに頼るのみで、そこに投資をしたりしていません。
本来であれば、最初は個人の優秀さに依存したとしても、組織としての仕組み化を考えるはずです。
けれども、そんなことをすると若くしての抜擢が必要になったり、特別賞与が必要になるかもしれません。だから、上司からの称賛や社長からの激励だけを行いながら、属人化を解除しません。
そうして、いざ退職されてしまうと、重要な職務が止まってしまうのです。そうして破綻したITシステム開発はいくらでもあります。


メンバーシップの社内秩序を壊さずにメリハリをつける3つのスモールスタート

このような事態にならないための本質的な対策は、人事制度の総合的な見直しです。
人事戦略としての人事ポリシーを環境変化にあわせて定義しなおすこと。
そして何十年もそのままにしてきた人事の仕組みを、今求められる形に変えていくことです

ただ、そこまで一気に進める前にできることがあります。
ポイントは一つです。

「重要な仕事には、重要だと説明できる処遇を設定する」

具体的に進めることは3つです。

  1. 辞められたら困る重要な職務を定義する
    抜けたら止まる仕事を、まず社長が把握しましょう。
    システム部署だけではありません。それぞれの部署に、必ずキーパーソンが存在するはずです。
  2. 重要な処遇の基準を決める
    それらの職務について、職務価値、代替難易度、成果などを根拠に、重要さを測る基準を定めましょう。感覚ではなく、数値で測れるようにするのです。
  3. 実際の処遇に反映する
    最初は追加手当の形でも構いません。まずはしっかり処遇に反映して「この重要な仕事を担ってくれているあなたに報いたい」ということをはっきり示すのです。

セレクションアンドバリエーションをうまく使ってください

人手不足倒産は、人が足りないから起きるのではありません。

代替できない人が辞めたしまう会社の、人事の構造によって起きるのです。
その最たる原因となる、メリハリをつけないメンバーシップ型人事は、重要人材の引き留めにも、採用にも、属人化対策にも遅れます。

その遅れが、倒産確率を劇的に押し上げる時代になってしまっているのです。

変革時には、一気にすべての横並びを壊す必要はありません。

ただし、横並びのまま生き残るなら、例外を活用する仕組みを、制度として持つことです。
制度は、整った会社にするためではなく、止まらない会社にするために使うものです。

そのためにも、ぜひセレクションアンドバリエーションの知見を活用してください。


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